第108話 適性
「キャロルさんはこれですね」
そう言ってアルフォンスが、キャロルに手渡したのは一本の短剣であった。
アルフォンスが持つ【
「キャロルさんの体格に合うとすれば、このあたりが手頃かなと」
「あっ、ありがとうございます。これもアルフォンスさまが打った短剣ですか?」
「ええ、僕が一番最初に打った短剣なんです」
「ええっ?」
「だから、あんまり印は付いていないんで、お恥ずかしいのですが……」
「アルフォンス様の初めて……」
何故か顔を赤くしてうっとりするキャロル。
アルフォンスは、様子がおかしいことに気がつくも、気にせずに説明を続ける。
「それじゃ、短刀の使い方を教えますね」
「アルフォンスさまの初めて……えへっ」
「聞いてます?」
「そんな大切なものをいただけるなんて……これはもう……」
「ねえ」
「ふふふ……」
「はぁ……」
アルフォンスに短剣を手渡されて、フワフワした感情のキャロル。
「キャロ姉って、兄貴のことになるとポンコツになるよな」
「恋する乙女だから、仕方ないことなのニャ」
「チェシャちゃん、おとなのひとみたい」
「ふふふふ……。アタシはもう大人の階段を上ってしまったのニャン」
「この間、間違ってお酒を飲んじゃっただけだろうが……」
先日、アルフォンスの料理に舌鼓を打った際、調子にのったチェシャは酒瓶に入っていた酒を、誤って飲んでしまうというハプニングに見舞われたのであった。
その時のことを反省もせず、むしろ得意げに語るチェシャ。
悪びれる素振りは一切ない。
「記憶まで無くすなんて、はしたない女になってしまったニャン……」
「おおっ、チェシャちゃんはおとなだ~」
「ちなみに、介抱してくれたのは兄貴だからな。言わなかったけど……」
「ニャァァァァァァ ~!?」
突然明かされた羞恥の事実に、チェシャが顔を押さえて悶絶する。
にぎやかだなぁとアルフォンスが苦笑いを浮かべていると、ようやくキャロルが現実に戻ってきた。
「あっ、アルフォンスさま、すみませんでした。嬉しくてつい……」
自らの醜態を思い出して、キャロルが頬を赤らめる。
その様子を見たアルフォンスの胸の鼓動がトクンと高鳴るものの、彼自身なぜそうなるのかは分からずにいる。
「まっ、まあとりあえずは、使い方を説明するからね」
「お願いします」
「キャロルさんは、そこまで力が強くないだろうから、軽い短剣を使う方がいいのかなと思うんです」
「はい、すごく軽いです。コレ」
「それに【短剣術】って、結果的に相手の懐に飛び込む勇気が試されるところがあるんで、心が強いキャロルさんにはピッタリだと思うんですよ」
「でも、私はそんなに強くないです」
「村のために、自ら奴隷になることを受け入れるような人の心が弱いはずないですよ」
「だって、あれは私が騙されて……」
「仮に騙されたとしても、自分を犠牲にすることは、容易く出来ることじゃないです」
「アルさま……」
「村人を助けるために、奴隷になったという行為は方法は間違っていたかもしれません。でもそこに至った勇気は、きちんと評価するべきだと思うんです」
「……私は決心した自分を誇ってもいいんですか?」
「うん、自らを顧みない行為は、スゴいことだと思います。そして、それはキャロルさんが強い心をもっている証拠だと思うんです」
「…………!」
キャロルの胸に、あのとき奴隷になること受け入れた光景が去来する。
奴隷商人の甘言に唆されたとは言え、村の人を助けるためならばと運命を受け入れた日。
奴隷商人の馬車の中では会話を禁じられたため、チェシャたちとも話せずに、本当にこれで良かったのかと自問自答する日々。
どうしてもっと別な方法を模索しなかったのだろうかと後悔する毎日だった。
キャロルはずっと、あのとき自分が下した判断は間違っていたと思っていた。
だが、アルフォンスはその判断は間違っていなかったと肯定する。
その方法自体は間違っていたかもしれないが、自らを犠牲にしてもみんなを守りたいと願ったことは間違いではないと。
ずっと胸に遣えていたものが、スッと消えていき、キャロルの目には涙が浮かぶ。
「キャロルさん、どうしました?」
「あっ、ありがどうございまず。こんな私でも、自分を認めてあげでもいいんでずね」
「はい、認めてあげて下さい」
感極まったキャロルは、アルフォンスの胸に飛び込み泣きじゃくる。
アルフォンスは、そっとキャロルの頭を撫でて気持ちが落ち着くのを待つのであった。
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