第98話 酒場★
名もなき村に唯一の酒場は、かつて王国で財務大臣を勤め上げた【ドミニク・フォン・グリューンベルク】元侯爵が妻とふたりで営んでいる。
【グリューンベルク】家と言えば、現在もその一門が王国の財政を一手に担い、現在の財務大臣職もその嫡男が引き継ぐほどの名門中の名門である。
かつては【
貴族には珍しく料理を趣味としていた彼は、オイゲンたちが名もなき村に引きこもると聞き、不便な生活も厭わないと力説する正妻とともにこの地に移り住んだのだ。
そうして見様見真似で始めた酒場であったが、意外と上手くいっていた。
料理を美味いと言われるのも嬉しいし、他人の愚痴に相槌を打つのも嫌いではない。
今となっては、こちらが天職だったのではないかと錯覚するほど水が合っていた。
そして今日も、『アルフォンス・ロス』略して『アルロス』になった老人たちを迎え入れる。
「ういぃっす」
「おう、いらっしゃい」
酒場の入口のスイングドアを開けてやってきたのは、白虎の獣人である拳士。
その手には、ひと抱えもあるほどの肉の塊を携えていた。
その肉をどっかりとカウンターに置くと、彼は注文をする。
「これで何かたのむわ」
「バル……いつも、いきなり持ってくんなって言ってんだろうがよ!」
「んぁ?」
「だから、急に持ち込みされても困るんだよ!こっちは、下準備だっていろいろあんだぞ!何度も何度も……お前の頭の中は筋肉だけか?」
顔見知りしかいないような村の中で、営んでいる店であるため、多少の融通は利くものの、さすがに生肉を目の前に置かれて、さあ料理しろと言われても、そんなに簡単ではないと力説する店主。
ワガママし放題の客に、店主が一方的な抗議をし続けていると、そこに仲裁者が現れる。
「バル、またやったのか」
「あらあら、ずいぶんと大きなお肉ですわね」
オイゲンとエリザベートの、ノイモント夫妻であった。
「アルがいなくなって、時間を持て余しとるようじゃな」
「今日はどちらまで?」
「ああ、ホントだ。アルがいなくなると、こんなにやることがねえとは思わなかった。おかげで最深部まで行ってきちまった」
「何と!最深部じゃと?ケガはないのか?」
「あらあら、ケガがあるなら言ってください。癒やしちゃいますから」
ノイモント夫妻が、思わずバルザックの怪我を心配するほど、大森林の最深部と言えば危険極まりない場所なのであった。
大森林の中で最も魔力の濃度が高く、【災厄の竜】【災禍の狼】【災殃の鳥】といった主と呼ばれる存在が跋扈する場所で、いくら【十聖】の一とは言え、単独で向かうのは無謀であった。
もっとも、【災厄の竜】ニーズヘッグをアルフォンスが討伐したこともあり、その危険性がやや薄れてきているのだが……。
「ケガは問題ねえ。そんなことよりも、既に【災禍の狼】が死んでたって方が重要だな」
「何!?」
「あらあら、本当ですか?」
「ホントかよ!」
バルザックの爆弾発言に、ノイモント夫妻や、ドミニクは驚きの声を上げる。
それは、大森林の勢力図が大きく書き換わることを意味していたからである。
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