第96話 報恩
「後で聞いたんだけど、私たちのいた鉱山って禄に調査もしていなかったから、近くに【ベヒモス】の巣があったみたいでね」
「ベヒモス……」
「アルフォンスくんだと、『土トカゲ』ってところかな?」
「土トカゲ……あぁ、あれですか」
「ハハハ、君にとっては問題ないんだろうけど、もしもあのとき、私たちが襲われていたならば、あっさりと餌になっていただろうね」
「そんなことが……」
「だから【拳聖】様も恩人なんだよ。あの後、拳聖様が主や監督官、護衛たちといった面々を瞬殺したのにはトラウマになったけどね……」
「トラウマ……。どれだけ暴れたんですか……」
「もう、私もグルックも妻もね。しばらくはあの悲鳴が耳から離れなかったよ」
そう答えたフランシスであったが、聞き捨てならない言葉にアルフォンスが反応する。
「妻……?」
「あっ、ああ。私は結婚してるんだ。当時、同じく奴隷だった兎の獣人とね」
「そうだったんですか……」
「うん。あの後、私とグルック、そして妻は身寄りがなかったから、とある商人に預けられたんだ。それが、エチゴ商会傘下の【
「そうなんですか」
「そこで私たちは、人として生きる素晴らしさと、商人としての知恵を教わったんだ。私なんかは、先代をもうひとりの父親だと思っていたよ。たぶん、アイツもそうだったんじゃないかな?」
「そうなんですか。親切な人に育ててもらったのは僕と一緒ですね」
「そうだね。僕らは幸せだったよ」
生まれたときから身寄りのいないアルフォンスにとっては、共感できることも多かった。
そんなとき、アルフォンスがふと思いつく。
「いつも思ってるんですが、育てて下さった方には、どうやって恩返しをしたら良いんでしょうか」
「なかなか難しいことだよね。僕らの場合は、既に先代が亡くなってしまったから余計難しいんだ」
「……そうなんですか、変なことを聞いて、すみませんでした」
「ああ、それは別に気にしなくていいよ。恩返しについてだけど、私が思うのは元気に育ってくれさえすれば、それだけでいいんじゃないかな?」
「そんなことで良いんでしょうか?」
「ウチの先代が言ってたんだ。『育てたのは自己満足だ。見返りなんて気にしちゃいねえ。お前らが幸せに生きられたらそれでいいんだ』ってさ」
「ありがたい言葉ですね。それじゃ、僕も元気で過ごしていればいいんですかね」
「そうだね。あとは、現況をそれとなく伝えれば喜んでもらえるんじゃないかな?」
「はい、そうします」
アルフォンスが笑顔でうなずく姿を見て、フランシスは少しは年長者らしく出来たかなと誇らしく思う。
その反面、相棒のグルックのことに考えが戻ると、その天邪鬼っぷりに思ずため息をついてしまう。
「だからさ、グルックもあんなに肩肘を張らなくてもいいのにと思うこともあるよ」
「えっ?」
「グルックは、いくら先代から自分が幸せになればそれでいいんだと言われても、聞く耳を持たなかったんだ。頑なに、恩返しとしてこの商会を大きくすることに必死になっているんだ」
「そうか。だから、あれほど損得やプライドにこだわるんですね」
「アイツにとっては、損することや商会を貶されることは恩人の身を切られるように思うんだろうね」
「フランシスさんは……?」
「私はそこまで難しくは考えていないよ。そもそも先代も、商会を大きくして欲しいとはひとことも言ってなかったしね」
フランシスは、そう話すとニッコリと微笑む。
「まぁ、全ては商会を継いだアイツが決めたことだ。商会を大きくして先代の名前を歴史に残したいからって、ね」
「すごい目標ですね」
「フフフ、バカげた目標だろ?でも、その原動力が、恩人への感謝の気持ちから来るって知ってる身としては、見放せないんだよね」
「そうですね。僕もグルックさんを見る目が変わりました」
「それは良かった。少しは、アイツの株も上げられたかな?」
「はい。今日は素敵な話をありがとうございました」
「ああ、これからもよろしく」
アルフォンスは、これまで散々無理難題を言っていたグルックの心根の一端を知り得て、ほんのりと温かい気持ちになる。
そんなとき、グルックから指示が飛ぶ。
多少、言葉尻が強いのは、フランシスとどんな話をしたのか薄々と気づいていたからだろうか。
「おら、小僧。こっちは終わりだ!さっさと、その馬車をど派手にぶっ壊せ!」
「はい」
アルフォンスは、グルックもまた悪い人間ではないと知って、やや浮かれていた。
そのため、自身の常識というリミッターが外れていた事に気づかなかったのであった。
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