第89話 破滅

「副頭、アイツらは地下牢に叩き込んでおいたよ。子爵はもちろん特別室ですね」

「ありがとう。【ベルンハルト】にも連絡はつけといた」

「あとは、たまたまこの近くで訓練をしてた【王の剣】に引き継げば終わりだすね」

「まぁ、あからさまに不自然なんだけど、体裁を整えるだけだからね」

「貴族連中のそんな話は、よく分かりませんね」

「諜報機関なんだから、そこらへんは分かってもらわないと困るんだが……」

「そこは、お任せします」


 幼女の格好に扮している【スギナ】が、子爵や側近たちの処遇について、副頭領の【アカザ】に報告する。


 彼女はその幼い姿とは裏腹に、やけに大人びた発言を繰り返していた。


「しかし、いったい何があったんです?目をつけていた奴隷商人が帰ってきたと思えば、いきなり城の前で懺悔を始めるなんて……。しかも、子爵のヤツが『もういい』って呟いたとたん、奴隷商人は糸が切れた人形みたいに崩れ落ちたときた」

 

 スギナは、このあからさまにおかしな状況に、言いようのない不安を感じていた。

 だが、アカザはその不安を一蹴する。


「うん、おそらくは【強制ギアス】の魔術だろうね」

「【強制ギアス】!?禁呪じゃないですか!」

「そう、私はこの魔術を使える人をふたりほど知ってる。そして、お一方はわざわざ懺悔させるなんてまだるっこしいことをせずに、とっとと爆散させてるだろうから。となると……」


 そう、思案にくれたところに、兵士の格好をした青年がやってきた。


「ギルドの方でも、金剛の荒鷲の生き残りが懺悔してたぞ」

「おっ、帰ったのかい【スズシロ】」


 アカザがそう答えると、スズシロと呼ばれた男はニヤリと笑い得意気に話を続ける。


「しかも、誰がやったのかもだいたい分かったんだ……が、何だよスギナぁ、その格好は?幼女って……。さすがにやりすぎだろう……がはっ!」


 鳩尾に強烈な打撃をもらったスズシロは、思わず前のめりに崩れ落ちる。


「人の変装に口出しすんな!」

「だっ、だって、お前もう2……ぐふっ」


 さらに後頭部に一撃をもらったスズシロは、頭から地面に衝突する。


「スギナ、そこまで。話が進まないよ」 

「ですが、副頭。こんな失礼なヤツを放っておけます?」

「スズシロも、素直にカワイイって言えばいいのにねぇ……」

「へっ?」

「なぁっ!違うッスよ!!」


 そんな言葉を聞いたスギナは頬を赤らめ、スズシロは慌てて顔を上げて否定する。

 殴られたダメージはほとんどないようだ。


「…………違う?」

「いっ、いや、違わないというか……」


 そこへスギナが、ドスの利いた声で聞き返す。

 しどろもどろになるスズシロ。


 ふたりは、幼なじみで互いに意識しあっているくせに素直になれない関係であった。


「まあまあ、それよりも続きを聞かせてよ」

「あっ、そうですよ。それ。アイツら……金剛の荒鷲のヤツらがですがね、もうペラペラペラペラと素直に喋るんですよ。自分たちがどれくらい奴隷売買に関わってたかとか、子爵の指示で奴隷商人の護衛に付いたとか」

「やっぱり、【強制ギアス】の影響だろうね」

「副頭、そんなに何でもできるもんなんですか、その【強制ギアス】って……」

「いや、何でもなんて出来ないよ。魔術を使った者が規格外なだけさ」 

「規格外……」

「そうだ、聞いて驚くな。ヤツらに魔術をかけたのは黒髪黒目のバケモノのように強い子どもだったらしい」

「まさか!?」


 その言葉に驚いたスギナが、アカザに振り返ると、彼はゆっくりと頷く。


「そんな容姿で、バケモノ並に強い子どもなんてひとりしかいねえだろうね」

「じゃあ、若が、世に出たんですか?」

「おそらくは。先代からも、アルフォンスくんが村を出ることになったって話が出ていたからね」

「うおおおおおおっ、ついに、ついにですね!」

「英雄の秘蔵っ子が、ついに!」


 そんなスギナの言葉を聞いて、周りにいた【王の瞳】の面々がぞろぞろと集まってくる。


「なに?若だと?」

「おお、あの奴隷商人たちは、若がやったらしい」

「そうか!それで合点がいった」

「若ならこれくらいは楽勝だな」

「早く若には上に立ってもらわなきゃね」

「【二代目】にも伝えなきゃならねぇな」

「お嬢のことだ、仕事を放っぽって来そうだな」

「違えねぇ」

「ガハハハ。そりゃあそうだ。しかし、コイツも手ひどくやられたなぁ」

「ってか、アルフォンスくんにここまでやられるなんて、コイツらいったい何したのよ」

「そうだよな……、あの温厚な若にここまでさせるんだからな」


 彼らはアルフォンスの動向に喜ぶとともに、その逆鱗に触れた奴隷商人たちの愚かさに呆れる。



【王の瞳】――対外的には国王直属の諜報機関と言われているが、彼らにはもうひとつの顔があった。


 それが、【隠聖いんせい】ツクヨミの配下。

 【乱波衆】とも呼ばれる【忍者しのびのもの】であった。


 彼らは、はるか東方の列島【八洲国やしまのくに】から、ツクヨミとともに大陸に流れついた者たちやその末裔であった。

 

 【忍者しのびのもの】は、特に暗殺や諜報活動に秀でており、大戦時には魔王領域軍の重要機密すら盗み出すほどの手練であった。


 ゆえに【始王】はその功績を認め、乱波衆一族郎党の庇護を確約したとも言われているが、その真偽は定かではない。


 彼らは、興国後も王国の諜報部門を一手に引き受ける任にあたっており、時の国王以外は組織の全容すら掴めないほどの徹底した秘密主義が取られていた。


 そんな彼らとアルフォンスとの関係は、数年来にも及ぶ。


 忍術や隠密活動の訓練の一環として、乱波衆の隠れ里に連れて来られたアルフォンスが、覚えたての【忍術しのびじゅつ】を用いて、乱波衆を翻弄したのがきっかけだった。


 その腕前に惚れ込んだ一族郎党は、すでにアルフォンスが二代目【隠聖】と結ばれて、自分たちの上に立つものと認定済であった。

 それ故の【若】呼ばわりであった。


 ついにアルフォンスが世の中に解き放たれたと聞き、沸き返る【乱波衆】の一同。


 その様子を見ながらアカザは呟く。


サクラあの子に伝えるかどうか悩みどころだねぇ。もしも、このコトを知ったら任務を放棄してでもやってくるよね……」


 愛しい我が子の姿を思い出しながら、そう苦悩するのであった。




 後日、王都の刑場にいくつかの生首が並ぶ。

 罪状は、違法な奴隷売買。


 王国の禁忌に触れたがゆえの苛烈な処分であった。


 そして、そこに並んだ首を見た人々から、とある噂が広まっていく。


 苦悶に満ちた表情を浮かべていたハーン子爵やその側近たちとは異なり、奴隷商人や金剛の荒鷲の面々の表情は、穏やかな笑みを浮かべていたと。


 ―――まるで、ついに死ねることを、喜ぶかのように。

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