第83話 応報

 かつては冒険者ギルドのトップパーティとして光輝いていた金剛ダイヤモンドの荒鷲は、既に地に堕ちた。


 いつからこんなことになってしまったのだろうと、大剣使いの男は振り返る。

 今やリーダーを喪い、まとめ役はもう自分しかいない。


 あるいは、素直に罪を認めて刑に服した方が幸運だったのかも知れない。

 勝てるどころか、かすり傷すらつけられない圧倒的な相手を前に、男はそう考える。


 もはや、自分たちの行く末は、下劣な奴隷商人に力を貸した、卑劣なパーティの一員だったと嘲笑われて死ぬばかり。


 トップランカーを目指していたはずなのに、いつからこんなことになってしまったのだろう。

 そんな自問を繰り返しながらも、依然として諦めることなく戦い続ける男。


 渾身の力を込めて横薙ぎした大剣の上に、ヒラリと少年が飛び乗った。


「…………はぁ?」


 あまりのことに、思わず気の抜けた声が漏れる。

 このとき大剣使いの男は、あり得ない身のこなしをする少年の顔を初めて見る。


 さんざん煽られていた先ほどは、狐の商人ばかりを睨んでいたため、こうしてハッキリと少年の姿を捉えたのは今が初めてだった。


 黒髪黒目の端正な顔つきの少年は、これ程自分たちが攻撃しているのに、汗ひとつかかない上に、焦る素振りも見せず、それどころか口元には笑みをうかべていた。


 ――――もうダメだ。


 それが、男の心が折れた瞬間だった。


 男は両手で握っていた大剣を取り落とし、そのままガックリと膝をつく。


(ああ、そうか……。リーダーが『Sランクになるには貴族との付き合いも必要だ』とか言ったあの時からか……。こんなはずじゃなかったんだがな……)


 自問していた答えに至ったとき、男の耳に少年の澄んだ声が届く。


「自分たちも奴隷の気持ちを味わえ」

「えっ!?」


 驚いた男が頭を上げると、少年がその右手を自分たちに向けていた。


 魔力とはあまり縁のない前衛はともかく、

その場にいた魔術師は、敵味方を問わずアルフォンスの手に集まった魔力が尋常ではないことに驚く。


 そして少年は魔術を放つ。


「我がアルフォンスの名において。【強制ギアス】敵対を禁ずる」


 敵対していた奴隷商人や【金剛の荒鷲】の生き残りは、それ以上アルフォンスに反抗することが出来なくなった。

 それでもと、抗戦を考えていた者も幾人かはいたが、一瞬で口から泡を吹いて気を失う。

 隷属の首輪とは比べものにならないほどの強制力。

 全てはアルフォンスの膨大な魔力が為せるものだった。


 実際に目の前で白目をむいてバタバタと倒れる仲間の姿を見て、残った面々は自分たちの体にまとわりつく濃厚な重圧が、魔術の効果であることを知る。


 だが、アルフォンスはそれだけでは終わらなかった。


「【強制ギアス】虚言を禁ずる」


 さらなる強制の上乗せ。


 これにより、奴隷商人は生きる術を完全に失う。

 嘘のつけない商人など、剣を持たない剣士、あるいは魔力のない魔術師のようなもの。

 何の役にも立たない。

 奴隷商人はあまりの絶望に、呆然と立ち尽くすばかり。


「【強制ギアス】暴言を禁ずる」


 まだまだ強制の上乗せは続く。


 これにより、奴隷商人たちからの泣き言も反論も一切を封じる。

 ただ、唯々諾々とことの成り行きを見守るほかなくなった。

 彼らからポッカリと表情が抜け落ちる。


「【強制ギアス】自死を禁ずる」


 容赦なく上乗せは続く。


 これからの人生には苦難しかないであろう、奴隷商人たち。

 だが、アルフォンスは自ら命を絶つことすら禁ずる。

 まさに、生き地獄が待っている。


「【強制ギアス】我に従え」


 止めの上乗せは、彼らを絶望の淵に叩き落とす。


 アルフォンスへの絶対服従。

 もう黒髪の少年の前で、彼らの自由意思は無いに等しかった。

 


 まさかの【強制ギアス】五重がけ。



 その圧倒的な事実に、戦場を静寂が包み込む。



 そんな中で、ひとりだけ展開された光景の異常さを理解する男がいた。

 

「【強制ギアス】だとぉ!?」

「知っておるのか、イーサン」


 解説者の異名を持つイーサンが、突然大声を上げる。 

 そして、イーサンに尋ねるアトモス。


 お馴染みの解説が始まる。


「禁呪だ……」

「禁呪?」

「ああ、【古代魔術】とも言う」

「それは、『禁』というくらいだから、使ってはマズイのではないか?」

「そっちは問題ない。単に、使いこなすには膨大な魔力と、緻密な魔力制御が必要なために、ハナから使えないって意味だから」

「でも使ってるぞ」

「そこは、アル少年だから」

「ああ、そうか……」


 その説明で妙に納得するふたりであった。


 


 敵対する者がいなくなった。


 こうしてひとつの戦いが終わりを迎えたのであった。



 

 


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