第71話 終戦

 アトモスとハイオークロードの死闘は、まだ続いている。

 交わされた干戈は幾度か分からないほどに。


 そこでは、他者の介在すら許さないほどの、ハイレベルな戦いが繰り広げられていた。


「だぁぁぁぁぁ!クソがあああ!」


 アトモスが大剣を横薙ぎにすれば、ハイオークロードはアダマンタイトの棒をかち上げてそれを防ぐ。


 ハイオークロードが棒を振り下ろせば、アトモスは大剣でその軌道を逸らす。


 そこでは、いつ終わるやも知れない戦いが繰り広げられていた。


「フフフフッ、いいぞ。血が滾る」

「ゲガガガガガガガ」


 アトモスは、かつては手も足も出なかったであろう存在と、伍して戦っている自分に確かな成長を感じていた。


「まさか、齢三十を越えてからも成長できるとはな……」

「ゲァ?」

「何、貴様に言っても詮無きこと。大人しく剣の錆となれ」


 両者の力量はほぼ互角、いつ決するか分からない戦いが続いていた。

 だが、彼らを取り巻く環境にあっては天と地の開きがあった。


 ほぼ全てのハイオークが討伐されたハイオークロード側と、メンバー全員が存在していて、更にはアルフォンスという大駒も温存しているアトモス側。

 どちらが優勢かは火を見るより明らかであった。



 だが……。


(おかしい。味方がことごとくやられたのにハイオークロードこいつは、どうして平然としている?)


 アトモスは、狡猾なハイオークロードが焦りもせずにいることを訝しがっていた。



 そんなとき、ハイオークロードが腰蓑から小さな珠を取り出す。

 それは子供の拳ほどの大きさの水晶の玉。

 だが、何とも言えない禍々しい雰囲気を醸し出していた。


(マズい!)


 アトモスは本能的にそれが「善くないもの」だと感じる。

 ハイオークロードがそれを使う前に勝負を決めようと肉薄するアトモス。


 されども、わずかに遅かった。

 ハイオークロードは、禍々しい珠をアトモスの足もとに叩きつける。

 乾いた破砕音とともに、強烈な臭いの液体が足にかかる。


(この匂いは……?)


 その臭いに顔をしかめたアトモスは、ハイオークロードがわざわざ珠を破壊した理由が分からなかった。


(目的はいったい何だ……むっ!)


 だが、その目的が分かるまでそう時間はかからない。

 間もなくして大地が大きく揺れると、咆哮を上げてバカでかいミミズが現れる。


「【サンドクローラー】か!」


 【荒野の掃除屋】と呼ばれるその魔物は、人の背丈ほどの体躯を持ったミミズである。

 目は無く、頭の部分には無数の鋭い歯が並ぶ大きな口がある。


 討伐ランクは【C】程度であり、今のアトモスにとっては取るにならない相手であった。

 もっとも、それは一緒にハイオークロードが攻めて来なければという条件が付くのだが。


 アトモスに付着した臭いに向かってくるサンドクローラー。

 そして、そちらにばかり気を取られるとハイオークロードの棍棒が唸りを上げて飛んでくる。


(うおおおおっ!これが狙いだったか!)


 ハイオークロードやサンドクローラーの攻撃を間一髪で避けるアトモス。

 息をもつかせぬ攻撃の連続に、反撃の糸目も見つからない。


「だが、某には頼れる仲間がいる。すぐにそちらは対応するはず!」


 アトモスは仲間の援護を期待する。

 彼の頼れる味方は、乱入者にもすぐに対応してくれるはずだ。


「それ、すぐに矢が降ってくるぞ」


 クリフならば、このタイミングで射てくるだろうと、アトモスは間合いを外す。


 それ、今だ!


 天から無数の矢が降り注ぐことを予想してほくそ笑むアトモス。


 ――――が、来ない。


「なぁっ!?」


 思わず声が漏れる。

 そして、ハイオークロードとサンドクローラーはそんな隙を逃さずに襲いかかる。


 慌てて身をよじってかわすアトモスは、己の思い違いを反省する。


(そうか、今回はイーサンであったか。大規模な魔術だから詠唱に時間がかかっているのやも知れぬな。わざわざ長い詠唱をする暇があるのか。後方は余裕だな……)  


 そう考えたアトモスは、ハイオークロードたちの攻撃をいなして時間を稼ぐ。


(そろそろか……)


 イーサンの詠唱のタイミングを熟知しているアトモスは、ここで魔術が来ると見越して再び間合いを取る。


「我らのパーティーの魔術師の力を見よ!」


 アトモスは、あまりにも長く待たされた反動で、思わずそんなことまで口走ってしまう。


 炎か氷か……。

 あるいは爆発か。


 そんな期待を込めて成り行きを見守る。


 ――――が、来ない。


「おいっ!」


 思わずツッコミの言葉が飛んでしまうほど動揺しているアトモスに、ハイオークロードとサンドクローラーが時間差で襲いかかる。


 アトモスは慌てて大剣を構えて守りに入る。

 ハイオークロードの棍棒を受け止めて、手が痺れたところにサンドクローラーの牙が迫る。

 とっさに地面に伏せてこれを避けたアトモスは、己の早合点を反省する。 


(弓や魔術が来ると安易に考えてしまったな。どうやら、わざわざ前衛組が駆けつけてくるらしいな……。某のワガママで守りを任せてしまったからな……)


 そう考えたアトモスは、ハイオークロードたちの攻撃を受け流して時間を稼ぐ。


(そろそろか……)


 足の遅いバレットを理解しているアトモスは、ここでバレットとデュークがやって来ると見越して三度間合いを取る。


「頼んだぞ、バレット!デューク!」


 アトモスは、今度こそはとの思いを込めて、そう叫ぶ。


 バレットにどちらかを抑えてもらっている間に一方を叩くか。

 こうなっては、一対一にこだわっても仕方あるまい。


 そんな期待を込めて仲間の到着を待つ。


 ――――が、来ない。


 あれ……?


 来ない。


「おおおおおおおおおおおおおおおおい!!」


 そんな非難の声まで出てしまう。

 アトモスは思わず仲間たちのいる後方を振り返る。

 すると、後方では炎の結界が壊れた馬車を中心に立ち上っている。


(炎!?某の戦いなど見えていないではないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)


 アトモスは額に汗をかきながら、必死でサンドクローラーとハイオークロードの攻撃を躱す。


(バレット!クリフ!デューク!イーサン!どうした!?早く援護を!)


 アトモスが心の中で援護を求めるが、その願いは届かない。


 何故なら、完全に気を抜いている残りのメンバーはその時、アルフォンスとキャロルの甘いやり取りをニヤニヤしながら見守っていたのだから。


(アイツら何なの?バカなの?死ぬの?)


 もはや言葉遣いすらままならないほど動揺しまくっているアトモス。


 注意力が散漫になったところで、死角から振るわれたハイオークロードの棍棒をいなせずに体勢が崩れてしまうアトモス。

 そこにサンドクローラーが襲いかかる。


 アトモスの眼前に迫る大きな口。


(くっ、マズい!)


 直撃は避けられないと、身を固くして衝撃に備えた瞬間。


「ガウ」


 聞き覚えのある鳴き声が響いたかと思うと、サンドクローラーの身体が四散する。


「はっ?」

「ゲガァ!?」



 思いもよらない出来事に、アトモスとハイオークロードの動きが止まる。 

 飛び散る破片を避けて空から、小さな影がフワリと舞い降りる。


「子狼殿!」


 それは、いつの間にか旅を共にすることになった漆黒の子狼だった。

 このとき、アトモスは仲間たちが気を抜いていた理由に合点がいった。


(それでか……。彼女がいるならば、もう勝敗は決したようなものか……)


 目の前の子狼が参戦したならば、ハイオークなどものの数ではないと判断したのだろう。

 それは間違ってはいない。

 

(先に知らせて欲しかったがな……)

 

 内心でそう思うアトモスであったが、すぐに気持ちを切り替える。


「子狼殿、助力に感謝する。さあ、ハイオークロードよ、最後の……って、ええええっ!?」


 邪魔者がいなくなり、アトモスがいよいよ雌雄を決するべくハイオークロードに向き直る。


 その視線の先で、ハイオークロードの頭が無惨に破裂する。


 それは、あっという間に接近した子狼が、ハイオークロードに向かってその前足を振るったのだった。

 果物のようにあっさりと潰れた頭。


 残された身体がゆっくりと後方に倒れていく。


「ええええええええええええええええええ!」

 

 子狼はアトモスを振り返り、テシテシと前足で地面を叩く。

 早く報酬の肉を食べに行くぞと急かしているのだが、肩透かしをくらって落ち込んでいるアトモスには伝わらない。


「いや、助けてくれたのは有難い……。いつまでもロードと戦っていた某も悪いが、もっと戦士の矜持というものを理解してくれても……。この手でケリをつけたかったのだが……」


 両手両膝をついて、項垂れながら何やらブツブツと呟くアトモス。

 

 そんなの知らんとばかりにテシテシと地面を叩く子狼。


 決して交わらない両者の主張。

 傍から見ればどっちもどっちである。


 ともかく、こうして違法奴隷商人たちを襲ったハイオークの群れはあっさりと一掃されたのであった。

 

 


 


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