第68話 決意
「お願いですから、このまま私を死なせて下さい……」
傷を癒やした少女のそんな懇願に、アルフォンスは言葉を失う。
少女はこの場を乗り切っても、この先に自らを待つであろう不幸を思い絶望していたのだ。
王国では正式に奴隷制度が認められているが、それは犯罪を犯した者や、借金で身を持ち崩した者が主な対象である。
しかも、奴隷とは言ってもその権利は保証されており、あらかじめ定められた作業以外のことをさせることは認められていない。
ましてや、少女たちのように
法のもとに認められた【犯罪奴隷】あるいは【借金奴隷】とは異なり、彼女たちのようないわゆる【違法奴隷】の成れの果ては、権力者の性奴隷か場末の娼館か、運が悪ければ変態に弄ばれて殺される運命である。
興国後、【始王】ノイモントは徹底した摘発を行い、違法な奴隷商人やその取引相手を壊滅させたのだ。
だが、始王や英雄たちが表舞台から身を隠すと、また虫ケラのように湧いてきたのだろう。
アルフォンスは、その少女の深い絶望に心を痛める。
そして、やり場のない怒りを覚える。
アルフォンスは普段温厚な少年と思われているが、それは単に怒る必要がなかっただけである。
名もなき村の人々は尊敬する人ばかりで、仮に厳しい言葉を投げかけられたとしても、そのひとことひとことには学ぶべき含蓄があったし、隊商の面々の豊富な人生経験にも学ぶことが多いと考えていたのだ
たとえそれが、嫌みったらしい狐商人の自慢話であっても。
つまり、アルフォンスは自分に向けられる好意ばかりではなく敵意すらも、全てが自分を成長させる糧と考えていたのであった。
だが、目の前で死を懇願する少女の言葉を聞いてアルフォンスは、生まれて初めて心の底からの怒りを覚えた。
それは、この世界を取り巻く理不尽さに対してか、違法奴隷商人に対してか、あるいはそれらを野放しにしている王国に対してか。
アルフォンスは、自分自身の感情が何なのかが理解できずにいた。
そんなアルフォンスの耳に、奴隷商人の金切り声が届く。
「いいのか?私が死ねば奴隷も死ぬんだぞ!」
「ああっ?」
「そうだ!お前ら、これ以上私に危害が加えられるならその場で死ね!」
「何でことを命令しやがる!」
隷属の首輪の命令は絶対である。
その命令がある限り、奴隷たちを守りたいアルフォンスや【
「カァッ、ハッハッハ!どっ、どうだこれでお前らは何もできまい。ざまあみろ!」
勝ち誇った奴隷商人の声に、アルフォンスの目の前の少女はさらに絶望を深める。
「おっ、お願いです。ひとおもいに殺して下さい……。あんな……、あんな男のために死にたくはありません。なら、いっそのこと……」
その言葉を聞いたアルフォンスは、とあることを決心する。
勝ち誇っている蛙のような商人をひと睨みすると、涙を流し続けるキャロルに向き直る。
―――ぶち壊してやる!
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