第58話 窮迫●

題名のあとに●が付いているのは奴隷絡みのお話です。

 

 この話だけ読んでいただければ、話は通じるかと思います。


 ご迷惑をおかけしますが、よろしくおねがいします。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 奴隷商人の隊商キャラバンは総勢で30名を超える。

 そのうち、護衛であるAランクのパーティー【金剛の荒鷲】が20名を優に超える大所帯であった。 

 

 つまり、荒野を渡るのはそれほどの危険性が生じるとの裏付けだった。


 そんな彼らは今、結成以来最大の危機に瀕していた。


 途中で出遭った魔物の群れから逃げのびたと思われていたのだが、その実、知らず識らずのうちに野営地を取り囲まれていたのだった。


「見張りは何やってやがる!この無能が!」


 金剛の荒鷲のリーダーが語気荒く、見張りに就いていたパーティーメンバーを罵倒する。 


「ですが、さっきまでは一切見えなかったんですよぉ!それが、あっという間に囲まれていて……」

「じゃあ何か?わざわざ、遠巻きにしてたってのか?」

「おそらくは……」

「ふざけんな!そこまで統制がとれるヤツがいたら、アタマは【ジェネラル】か【ロード】クラスじゃねえか!」


 リーダーがそう怒鳴りつけたと同時に、聴く者全てに恐怖心を抱かせる咆哮が響き渡る。


「もう、お仕舞だ……」


 その姿を見たリーダーが絶望に囚われる。


「…………ロードだ」 


 その咆哮を契機に、魔物の群れの総攻撃が始まる。

 その数は冒険者たちとほぼ同数。

 手に粗末な武器を持った一団が、獣哮を上げて襲いかかる。


 対するは高ランクの冒険者たち。


 だが、その趨勢は一方的となる。


「何だ!コイツら硬てえ!」

「矢が……矢が通らない!」

「魔術を弾く……だとぉ!?」


 魔物の想定外の強さに、あちこちから冒険者の悲鳴が上がる。


「リーダー!リーダァァァァァ!」

「どこに行った!?」

「クソッ!アイツ逃げやがった!」


 そして指揮を摂るべきリーダーは、逃走の機を覗っていた。


(クソッ!ロードがいるなんて聞いてねえぞ!どうしてこうなった……。畜生!もう隙を見て逃げるしかねぇ……えっ?) 


 物陰に隠れたリーダーではあったが、胸騒ぎを感じて振り返ると、棍棒を大きく振りかぶった魔物が立っていた。


「あっ……」


 それがリーダーの最後の言葉であった。

 こうして、冒険者たちはあっさりと司令官を失う。


 いくらAランクパーティーと言えども、指揮を摂るものがいなければ烏合の衆と化す。

 もはや彼らに、組織だった抵抗は不可能であった。


 こうして、奴隷商人の隊商は魔物の群れに蹂躪されるのであった。



「早く、早くお前らは囮になれええええ!」


 次々と冒険者たちが倒れる戦場にあって、死の恐怖に囚われた奴隷商人は、己が助かるためにキャロルたち奴隷に囮になることを命令する。


 だが、チェシャは栄養失調で動けず、スパーダは度重なる暴行で折れてしまった両足が歩ける状態ではない。

 それでもふたりは、隷属の首輪の強制力により半ば這うような形で奴隷商人の前に出ようとしていた。

 自分の身を地面で削りながら、少しずつ少しずつ前に進む。


 まだ蝸牛かたつむりの方が早いかと思われる速度で動いているふたり。

 それは明らかに生命を削る行いであった。


 そして、比較的動けるキャロルとアリスは、両手を広げて魔物の前に己が身を晒す。

 奴隷商人の盾として。


「いやだ、いやああああ!」


 泣きながら首を振るアリス。

 その声に引き寄せられるように、魔物が集まってくる。


「アリス、泣いちゃダメ!魔物が来る!」 


 そう告げるキャロルであったが、時すでに遅し。

 今まさに、アリスの目の前にやってきた一匹の魔物が、その幼い少女に鋭い爪を振り下ろすところであった。


 それを見たキャロルは、無意識のうちに行動する。

 隷属の首輪が身体中に、耐えきれないほどの痛みを走らせるが、彼女を止めることは出来なかった。


 キャロルは奴隷商人ではなく、アリスの盾となるために、アリスと魔物の間に己の身を割り込ませる。


 次の瞬間、キャロルは腹に焼けた杭を突き刺されたような痛みを感じる。

 隷属の首輪の痛みなど比べ物にならないほどの激痛。

 そのあまりの痛みにもはや声すらも出ない。



 そして、キャロルに押し倒されるような形になり、地面に尻もちをついたアリスは見る。


 ―――自分を助けるために間に入った少女の腹を、魔物の爪が穿っている光景を。

 

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