第46話 悔恨●

 題名のあとに●が付いているのは奴隷絡みのお話です。

 ちょっとテンションが下がりがちになるので、ご了承下さい。


 ●を読み飛ばしていただいても、『窮迫●』だけ読んでいただければ、話は通じるかと思います。


 これに伴い、多少話の順番が前後しています。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 違法奴隷を乗せた馬車が荒野をひた走る。

 車輪から伝わる衝撃から、馬車がかなりの速さで走っていることが伝わってくる。

 それは、まるで何かから逃げるかのように。


「こわいよぉ……」

「大丈夫よ。こんなに大勢の人がいるんだし」


 一番年下の【アリス】がただならぬ雰囲気に敏感に反応する。

 それを優しく諭して不安を和らげてあげているのは、雪のように白い髪が特徴的な【キャロル】だった。


 このまま違法な奴隷として目的地に着けば、言葉に表せないほどの悲惨な未来を前に、自分自身も絶望に押しつぶされながらも、幼いアリスを不安がらせないために、無理やり笑顔をつくって明るい声で元気づける。

 

「キャロちゃん……ほんと?」

「ええ、それは本当。私たちは大事な大事ななの。一番に守ってもらえるはずよ」


 その答えは自虐的すぎるだろうとは思うキャロル。 

 だが、それがアリスを納得させるのには最も根拠のある答えでもあった。


「そうだよね、だもんね」

「……うん」


 アリスは落ち着きを取り戻すが、それは自分の置かれた現状を思い出すことでもあった。

 商品だと言った声が沈んでいる。


 その様子にキャロルは、自分の犯した過ちを再確認する。 


「アリスちゃん、ご……ごめんね。私がバカだったから……」


 キャロルは、ここに至る原因を作ったのは自分だと思っている。

 それゆえの謝罪。


 もう何度も繰り返された謝罪。


 アリスも、今は栄養不足で動けないチェシャや暴行を受け続けて身じろぎすら出来ないスパーダも、彼女のせいではないと理解しているし、謝罪は不要だと告げているのにもかかわらず。


 自分が安易に奴隷商人の口車に乗ったばかりに……いつも、その思いがキャロルの心を苛んでいる。


 そうして彼女は思い出す。

 彼女たちが奴隷となったあの日のことを。




 それはもうどれくらい前のことだろうか。

 ずっと馬車に閉じ込められていた彼女たちには、時間の経過など分かるはずもなく、何となく数週間は前なのではないかとの感覚であった。



「本当にお義父さんを治せるんですか?」

「ええ、それは間違いなく」


 村にやってきた商人が、原因不明の病の特効薬を持っているとキャロルに告げる。

 

 その言葉を聞いた彼女は、思わず神に感謝をした。


 フェロー辺境伯領の最北端にあるノードゥス村で発生した謎の奇病。


 何故かこの病には、特定の年齢層の人々だけに発症するという特長があった。

 それは、成人間もない若年層から、高齢者手前の中年層にかけての人々にのみに限られていた。

 これにより、いわゆる村の生活の中心となるべき人々が病に伏せることとなったのだった。


 彼女も養父が病に冒されており、藁にもすがる思いで商人に尋ねたところ、望外な答えが帰ってきたのであった。

 ぶくぶくと肥え太った、嫌らしい笑みを常に浮かべている胡散臭い商人。

 それが、彼女の商人に対する印象であった。


 それでも尋ねるしかなかったところに、どれだけ彼女が追い詰められていたかが伺い知れるであろう。

 


「ちょうどこれから、孤児院に向かうところでした。ご一緒にいかがですか?」

「孤児院……?」

「ええ、院長先生がかなり重い病だとか。それなら、私がお持ちした薬が役立つかと思ったのですよ」


 商人が口角を上げてそう告げる。


 キャロルは、この商人のどこか作られたかのような笑みに嫌悪感を抱くものの、その言葉には関心を持たざるを得なかった。


 そうしてやってきたのは彼女もよく知った、村の一角にある孤児院であった。

 その一室、院長室には孤児院の子どもたちが集まっては、ベッドに横たわる中年女性の看病にあたっていた。


「院長先生……」

「おかかさま……」 


 女性の呼吸は荒々しく、滝のように流れる汗が病の異常性を物語っていた。

 キャロルが商人とともに院長室に入ると、看病していた子どもたちがそれに気づく。


「キャロ……」

「キャロ姉……」 

「みんな、こちらの商人様が院長先生の病気に効くお薬をお持ちだとか……」 

「えっ?」

「本当?」

「お願いします、おかかさまを助けて下さい」


 それを聞いた孤児院の子どもたちは、悲痛な表情で商人に懇願する。

 子どもたちに注目された商人は、キャロルの言う作られた笑みを浮かべて説明する。

 その手には小さな小瓶があった。


「この薬を飲ませれば病は治ります。王都で作られた粉病の特効薬です。さあ、早く」 


 商人が青髪の少年―――スパーダにその小瓶を手渡すと、少年はすぐそれを彼らが敬愛する女性に飲ませる。


「先生、商人さんが薬をくれたよ。さあ早く」


 そう呼びかけながら薬を飲ませると、その効果はたちどころに現れた。 

 たちまち呼吸が落ち着いていたのだ。


 荒々しかった呼吸が穏やかになったことで、キャロルを含め、子どもたちはそれが特効薬なのだと信じ込んでしまう。


「すげえ!」

「ああ、奇跡だ!」

「ありがとうございます、商人様」 


 子どもたちが涙ながらにお礼の言葉を口にする。

 すると、当の商人は満足そうにうなずくと、子どもたちを隣の部屋に連れ出す。


「見てのとおり、もう大丈夫です。でも、うるさくすると負担がかかりますので、皆さん隣の部屋に移動しませんか?」


 そしてそこで交わされた契約が、王都に子どもたちが何人か働きに出るのと交換に、村人全員に特効薬を配るというもの。


 まさか、その契約自体が虚偽だったと知る由もなく。


 キャロルは、今日もまた後悔する。


 ―――どうして、商人を信じてしまったのだろうと。


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