第52話 上達

 大地を震わせる轟音が鳴り響く中、少年と子狼が空を駆け回る。


「あ〜、某は疲れてるのか……」

「目の錯覚でもねえよ」

「空飛ぶ少年……」

「空飛ぶ子狼……」

「はぁ〜っ、全て現実ッス」


 アルフォンスとの訓練を終えた【漆黒の奇蹟ミラキュラス ニグリ】の面々は、大地に腰を下ろして、少年と子狼の追いかけっこを眺めていた。


 自分たちはもう一歩も動けないほどに疲弊しているのに、それ以上に動いていたアルフォンスはまだ子狼と訓練ができるほどの余裕がある。


「まったく……敵わないッスねぇ……」


 クリフは、アルフォンスの無尽蔵な体力に素直に降参するのだった。


「ガァッ!」


 アルフォンスに追いかけ回され過ぎて、いよいよ逃げ場もなくなり、泣きながら空に逃げた日―――初めて魔力を使いこなした日から2週間。

 今や息をするよりも簡単に魔力を使いこなしている子狼。


 未だに何という種族の魔物かは分からないが、どうやら魔力との親和性が高かったようで、人で言うところの中級レベルの事象変化を容易にこなしている。


 現に今も一瞬で氷の礫を作り出している。

 狙いは笑顔で追いかけてくる黒髪の少年。


 もはや、殺しても構わないくらいの気持ちで魔力を練らなければ、少年には決して届かないと理解している子狼。


 だからこそ手は抜かない、手は抜けない。



 空一面を覆うほどの大量の氷の礫が、少年に襲いかかる。



 ―――だが。


「甘いっ!」


 だが、少年には効果がない。


 礫と礫の僅かな隙間を見極めて、その空間に己の身体を滑り込ませながら、少しずつ子狼との距離を詰めていく。


 またこのパターンだと、子狼は絶望感に包まれる。


 この後の選択肢は二つ。

 魔力による別な事象変化を行うか、逃げるかだった。


 そして、子狼は空を駆けての逃走を選択する。

 

 アルフォンスは素早いその判断を評価する。


「その判断はいいね。でも、それは相手を見ないとね」


 そう呟いたアルフォンスは軽く右手を振ると、子狼の進行方向に氷の壁を作り出す。



「無詠唱かよ……」


 その様子を眺めていた魔術師のイーサンが、アルフォンスの異常性に言葉を失う。



「キュ〜」 


 周囲に大きな破壊音が轟く。


 分厚い氷の壁に全速力で突っ込んだ子狼が目を回して、氷のかけらとともに地面に落ちていく。


 こうして、今日の追いかけっこもアルフォンスの勝利で終わる。




 ―――そうなる前に斬ります。


 アトモスはアルフォンスと子狼のやり取りを見ていて、先日の少年の言葉を思い出す。


「どうやら、あの言葉を違えることはなさそうだな……」


 冒険者にとって魔物を鍛えるなど、あってはならないことだ。

 敵に塩を送るどころの話ではない。

 場合によっては、人に大きな損害を与えることすら予想された。


 だが、それでも少年は魔物を鍛え続けている。


 そんな状況で、アトモスが恐れているのは、鍛えた魔物が強くなりすぎてアルフォンスをも越えることだったが、そちらは問題なさそうだ。


 傍から見ていても、少年と子狼との力の差はまだまだ隔絶していると分かる。


 だが、恐ろしいほどのスピードで成長している魔物だ。 

 万が一、その力がアルフォンスをも越えてしまったら……。


 そう考えたアトモスは、ひとつの決意をする。


(少年の言葉を嘘にしないためにも、微力ながら助力すべきだ。ならばやることはひとつ)


 ―――強くなる。



「さあ、休憩は終わりぞ。次は我々の番」

「はぁ?何を考えてやがる」 

「アトモスさん、もう今日の訓練は終わったッスよ」

「リーダー、錯乱?」

「リーダー、混乱?」

「子狼に負けてていいのか?しかも少年は、我々と訓練した後に、あれほどの動きを見せたのだぞ」

「それはそうだが……」 

「オーバーワークになるッスよ」 

「リーダー、やり過ぎ」

「リーダー、行き過ぎ」

「気功で体力まで回復してもらっていて、オーバーワークもクソもあるまい。少年、我々にももう一度教授願えるか?」


 そう、アルフォンスに呼びかけたアトモスにパーティーの面々から非難の声が上がる。


「おい、やめろよ」

「アトモスさん、ご乱心過ぎッス」 

「……絶望」

「……悲観」


 だが、アトモスは聞く耳を持たない。 


「まだ出来るんですか?それなら望むところです」


 アルフォンスが晴れやかな笑顔で戻ってくる。

  

 その笑顔を見て、アトモス以外の冒険者たちは、もはや逃げられないのだと悟る。



 再び冒険者たちの悲鳴が荒野に響き渡るまで、そう時間かからなかった。



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