第39話 善意

「銭貨が1枚で、パンとスープの食事が食べられる訳ですね」

「そうだね」

「そうすると一日三食として四人の家族全員が食事するには、一日で銭貨12枚、銅貨1枚と銭貨2枚が必要ですね。一月だと銀貨3枚と銅貨6枚か」

「おおっ、アルくんは暗算も出来るとは。なかなか将来有望だねえ」



 アルフォンスは現在、ウルペス商会のフランシスから貨幣の価値についての教えを受けている。 


 彼は村育ちのため、貨幣を使う機会がなく、商売については、ひととおり【聖商】から指南を受けたものの、知識と経験が乖離していることを自覚していたのだ。


 だからこそアルフォンスは、この長旅で自らの足りない点を補おうと、手持ち無沙汰だったフランシスに教えを請うたのだ。


 フランシスは、古くからのグルックの相棒でありウルペス商会の副会頭でもある。


 年齢はグルックよりも僅かに年上の狐獣人で、白い毛並みと黒い丸メガネが特徴的だ。

 そして、グルックがとともに商会をもり立ててきただけあって、彼もまた優秀な商人であった。


「でも、これはお店で食べるときの金額ですよね?」

「そうだね。自宅でスープを作り置きしておくだけでも、もっと単価は安くなる。パンだって自分たちで焼けば割安だしね」

「すると、四人家族で月に銀貨4枚もあれば、生活は出来る感じですか?」

「うん、王都の四人家族の平均的な収入は、銀貨4枚と銅貨3枚」

「でも、それが郊外の村々になると、物々交換や労役の提供による報酬がメインになるので、貨幣としての収入はその半分くらいでも十分だったりするよ」

「へえ~、面白いですね」

「そうさ、だから商売は面白い」


 当初は、面倒だと感じていたフランシスも、今ではアルフォンスに教えることが楽しくて仕方ない。


 一を聞いて十を知る利発さと、あらゆることに感動する素直さ。


 クセがやたらと強い、名もなき村の面々をことごとく骨抜きにしてきた、アルフォンスの教わり上手っぷりが遺憾なく発揮されていた。 


 こうしてフランシスも、だんだんと教えることが楽しくなり、ついつい商売のコツのようなものまで教えてしまう。


 商人ならば墓場まで持っていくほどの重要な情報すらも、アッサリと聞き出せてしまうアルフォンス。

 諜報員としても、優秀なのではないかと思われる。


 相棒が商売の秘訣にまで言及している姿を見たグルックは、あごが外れるほど大口を空けて呆然としたほどだ。



 ふと、フランシスは、アルフォンスが自分の話を聞きながら、何やら手元に書き込んでいることに気づく。


「おや、それは?」

「あっ。すみません、ついメモをしてしまいました」


 メモの必要性については【聖宰】マリアから嫌というほど指導されたために、今やアルフォンスは立派なメモ魔である。


 人は忘れる生き物なのだから、必要なことをその都度、記録しておくことは大切なことである。


 だが、中には目の前でメモをとることで気を悪くする者がいることも教わっていた。


 そのため、アルフォンスは素直に謝罪したのだが。


「いや。そっちは別に構わないよ。それよりもその手元のものがちょっと……」

「ああ、これですか。これは僕が頭領から教えてもらって作ったんです。【八洲紙やしまがみ】って言うみたいですよ」


 そう言って、アルフォンスはメモ帳をフランシスに手渡す。


 そこに書かれている文字は、【隠聖】ツクヨミから学んだ【忍文字しのぶもじ】と呼ばれるもので、大陸の文字とは別の文字で書かれている上に暗号化もされているため、仮に第三者にメモを見られても、その内容を知られることは決してない。


 だからこそ、アルフォンスはあっさりとメモを手渡した。


「へえー、手触りもいいね」


 この時代の紙は、羊皮紙かパピルス紙が主流であったが、どちらも重くかさばるのが難点であった。


 だが、アルフォンスの持つ八洲紙は、軽い上に十分な耐久性もあるため、もしも流通すればその価値は計り知れない。

 そこでフランシスは、その紙について尋ねる。


「この紙を大量に作ることは可能かい?」

「ん~、僕はひとりで作りましたが、材料が特殊で色々と手間がかかるんですよね。大量に作れるかとなるとどうでしょうか?」

「そっかあ」


 この紙を大量に流通させて、その有用性を知らしめることで価値を高めれば商売になるかとも思ったのだが、少数の流通では単なる珍品にしかならないと判断したフランシスは悔しい思いをしつつ、それ以上聞くことは諦める。


「アルさん、チョットイイっすか?」


 そんなアルフォンスたちの元に舎弟1号もとい、冒険者のクリフが訪ねてくる。


「いいかげん『さん』付けは辞めて下さいよ」

「いや、これはオレの気持ちなんスよ。これがダメなら、アニキ呼びになりますが、どっちがいいッスか?」

「…………これまで通りでいいです」

「分かったッス!」


 年上の冒険者に敬称を付けられることに慣れていないアルフォンスは、改善を要求するが、聞けば改悪になりそうなので素直に引き下がる。



「ところで、用件があったようですが?」

「そうだ、クレイジーベアについてなんですが、この間、アルさんは簡単にひっくり返してたんで何か秘訣でもあるのかなって……」

「クレイジーベアってなんでしたっけ?」

「熊ッス」 

「ああ、熊ですね。いいですよ。まず、アイツは鼻先が弱点なんで……」


 アルフォンスもまた、自らの知識を惜しげもなく披露する。


 それは自分もまた貴重な知識を教えてもらっている立場であるから。


 善意で教えてもらっているのだから、善意で教えるのも当然だとの思いが、アルフォンスの根底にはあるのだ。


 こうして、隊商の面々の間では善意の輪ができるのである。


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