第37話 達観
「これが【はんたーうるふ】ですか?」
「残念、【ブラッドウルフ】ッスね」
先日、正式にグルックから護衛として雇われたアルフォンスは、クリフたち冒険者たちとともに、襲撃してきた魔物の群れと戦っていた。
討伐ランクDにあたるブラッドウルフは、群れを成せばランクCあるいはBにまで難易度が跳ね上がるとされているが、アルフォンスから手ほどきを受けているクリフたちにとっては、今やそれほどの強敵ではなくなっていた。
何しろ、アルフォンスの鍛えた国宝クラスの武具によって、剣を振ればバターを切るように何の抵抗もなく両断し、構えた大盾はブラッドウルフの爪牙を受けても傷一つ付かず、矢を放てば狙ったところに狙った以上の威力で飛んでいく。
両手の篭手は拳の威力をありえないほどに強化し、赤竜の竜骨から切り出した杖は魔術の制御と威力を格段に向上させた。
冒険者たちにとって、こんな規格外の武具を得られただけでも、ランクひとつ分のレベルアップを果たしたことと同義であった。
その上で、昼夜分かたずアルフォンスの訓練まで受けているのだから、クリフたち冒険者の実力は、以前とは比べられないほどに向上していたのであった。
「それにしても……こんなに魔物の襲撃が嬉しいと思ったことはないッスね」
「同意、この時間だけは訓練がないから……」
クリフのつぶやきに反応したのは、同じく後衛のイーサンであった。
クリフの放つ魔力の矢や、イーサンの放つ火炎魔術【火矢(イグニス・サギッタ)】が群れの後方に控えるブラッドウルフたちを的確に撃ち抜いている。
ブラッドウルフたちとの戦況も冒険者たちの勝利へと大勢が傾いたとき、パンパンと手を叩いてアルフォンスが告げる。
「はい皆さん、【ぶらっとうるふ】をさっさと殲滅して訓練を再開しますよ」
少年がニッコリと微笑んでそう宣言すると、冒険者たちから不満の声が上がる。
「……なあ、少年の訓練の方が、某のこれまでのどの戦いよりも辛いってどう思う?」
「ガハハハ、だが強くなっているのも実感している……だろ?」
「そう、明らかに実力は上がってる」
「『訓練で出せぬ程度の力が、本番で出せるわけがない』とは確かに至言だがな……」
「俺なんて、わざわざアダマンタイト製の大盾を持たされて、取り回しをさせられるんだぞ」
「あの黒い盾?」
「ああ、クッソ重くて、最初は持つことさえ出来なかったからな」
「某も、肩が抜けるまで、やたらと重い剣を振らされたのだが、あれもアダマンタイトか?」
「多分そうだな……」
「アダマンタイトって、たしか伝説の鉱物だったはず……」
「うぬ。不壊の代名詞になるほど硬くて重い金属だな」
「まさか、そんな貴重な鉱物が負荷トレーニングに使われているなんて……」
「世界中の鍛冶師への冒涜?」
「その鍛冶師の頂点の弟子だぞ……あの少年」
「なら、別にいいのか?」
「いや、そんな問題じゃないと思う」
そんな不満を口にしながらも、敵への攻撃の手を緩めることはないアトモス、バレット、デュークの前衛3人。
「そう言えば、デュークの訓練って何をしてるんだ?」
「いつもボロボロになって戻って来てるようだが……」
「……ひたすら、アル少年と組手」
「なっ!」
「マジかよ~」
「躱すのをちょっとミスるだけで、手足が吹き飛んで、身体に穴が開く……」
「おおう……」
「それは……何と言えば……」
「で、次の瞬間には治癒魔術で完治させられて、組手再開……」
「「…………」」
壮絶な訓練の話題で、目のハイライトが消えていく3人。
「前衛の3人〜!ペースが落ちてますよ〜!このままだと、訓練5割増ですよ〜!」
訓練を再開したくなくて、のんびりと戦っていることがバレた3人に、アルフォンスから恐ろしい宣告が届く。
アルフォンスは、穏和で慈悲深い性格の少年であったが、それが訓練となると、とたんに目の色が変わってしまうことを冒険者たちはそれほど時間をかけずに知ることとなった。
ニッコリと笑っては、各々の能力の限界まで出し切る訓練メニューを示される。
仮にそれでケガをしても、卓越した治癒魔術によって次の瞬間には、何でもなかったかのように身体が癒やされている。
また、力を出し切って一歩も動けなくなっても、他人の体力をも活性化する気功術【活勁】によって無理矢理回復させられる。
ゆえに、冒険者たちは何のリスクもなく、強くなっているのだ。
―――日々、削られまくる精神と引き換えに。
「前衛、ふざけんなッス!」
「デューク、さっさと殺れ!」
もちろんこの宣告は連帯責任で、後衛組にも適用されることを、これまでの経験から理解しているクリフとイーサンからは怒声が飛ぶ。
飛び交う弓や、魔術の光も心なしか強くなっているようだ。
「マズいぞ!」
「俺も攻撃に転ずる!守りが薄くなるから気をつけろ!」
「了解した。【燐転】」
慌てて攻撃の手を強める前衛3人。
こうして
「あれっ?クリフさんあの犬は何ですか?」
「犬ッスか?どこに?」
「あれっ、さっきまでそこにいたんですが……黒っぽい犬のような魔物が……」
「犬って言えば【ガルム】や【ヘルハウンド】ッスかね?」
そんな会話をしながらもアルフォンスは、犬を見失った荒野を見つめるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます