第34話 付与

 王都に向かう、ウルペス商会の隊商キャラバンは日の出ている時間帯はひたすら先に進み、夜はきちんと休むというルーティンをきっちり守っている。

 

 これは道中の安全性を担保するためには必要なことである。


 月の光しか灯りのない中で、無理に先に進んでも事故にしかならないし、きっちりと休みを取り体調を万全にしておくことは、不意の襲撃等を避けるためには必要なことだからだ。


 そして今、野営の準備を終えた冒険者たちは、アルフォンスから指導を受けている。




 ―――が。


「ああっ、ダメだぁ。また剣が折れた」 


 冒険者たちの武器が、アルフォンスと打ち合うとことごとく折れてしまうのだ。


「あっ、またですね……」

「悪いな。予備の武器とは言え、それなりに値は張ったんだがな」


 そう謝罪するのは、大盾使いシールダーのバレット。

 彼は愛用の大盾がハイオークに破壊されてしまったため、予備の盾と剣で戦わなくてはならない現状なのだ。

 そこで、久しぶりにと勘を取り戻すためにアルフォンスと打ち合った結果、もう数本の剣をダメにしていた。

 これ以上は護衛に支障が出るために、バレットはアルフォンスの訓練を辞退しようかと考えていると、当のアルフォンスから声がかかる。


「剣を見せてもらってもいいですか?」

「折れた剣をかい?」

「できることなら、予備として持っている剣もです」

「ああ、別に構わないが……」


 突然の提案に驚いたバレットであったが、別に隠すほどのことではないと了承する。

 さっそく、バレットの武器を手にとってあちこちと確認を始めるアルフォンス。


 その真剣な様子に、他の冒険者たちも興味を惹かれて集まってくる。


 しばらくの間、バレットの予備の武器を確認していたアルフォンスは、ひとつタメ息をつくとバレットに告げる。


「やっぱりです。どれも武器としての見た目は良いですが、ほとんどの武器に【印】が入っていないじゃないですか。あっても【切断・小】程度。これじゃ、すぐに壊れちゃいますよ」

「【印】だって?」


 その言葉にバレットは驚く。


 【印】とは武器や防具等に付与される特殊な効果のことだ。


 切れ味が向上する【切断】

 突き刺す能力が向上する【貫通】

 壊れにくくなる【耐久】あるいは【不壊】

 魔力剣の能力が向上する【魔力伝導】


 そんな【印】が有名であるが、ユニークと呼ばれる印の中には壊れた性能のものもある。


 欠けても勝手に治る【自己修復】 

 傷つけた相手を弱らせる【弱体化】

 即死効果がある【生命力吸収】


 これらの【印】は、製作者の強い想いが反映されると言われており、狙って付与するのは至難の業とされていた。

 複数の付与が出来れば上等とされているくらいだ。

 

 武器や防具の性能を語る上で、その材質や切れ味の他に、いかに【印】を付与できるかが重要視されるといった意味はここから来ている。


 場合によっては印のないミスリルの剣よりも、複数の印が付与された鉄の剣の方が性能が優れることがあるのだった。



 例えば、アルフォンスがバザルトから譲り受けた【黒い短刀】は【不懐・極】【自己修復・極】【貫通・極】【切断・極】【魔力伝導率・極】【生命力吸収】【弱体化】の『7印』が施されている。 


 もっとも、これは聖剣を越える一振りであるため、一般的な武器とは比べることは酷な話ではあるのだが。



 つまり、バレットの剣にはほとんど印が付与されていなかったのだった。

 それを今、アルフォンスが指摘したのだ。


「いや、アルくん。それは、王都でも指折りの鍛冶師に打ってもらった剣だぞ……」

「それはホントですか?こんな見た目だけの武器じゃ、戦いじゃ役に立たないですよ」

「なあ、そんな言い方は鍛冶師に失礼じゃないか?」

 

 予備とは言え、これまで共に戦ってきた武器を否定されて、ついついバレットの語勢が強まる。

 だが、アルフォンスは意にも介さず、得意気に続ける。


「あっ、分かりました。これが【ボッタクリ】ってヤツですね。僕でも知ってますよ」

「へっ?」

「少ししかお酒を飲んでないのに、とんでもない額の支払いを請求されるってヤツ。じいちゃんたちもよく被害に遭ったって言ってました。武器屋でもそんなことがあるんですね」 


 何してんだよ【勇者】様たち……。


 その言葉を聞いた冒険者たちの気持ちがひとつになる。




「それで、金額に文句を言うと、怖い人が出てくるんですよね。じいちゃんたちは逆にボコボコにして正座させてたって言ってましたが……」


 何してんだよ【勇者】様たち……。


 その言葉を聞いた冒険者たちの気持ちが再びひとつになる。




「……そっかあ。バレットさんは、そのまま受け取っちゃったんですね」

「いやっ……」

「それじゃ、この武器でも仕方ないですよね。それにしても、武器屋までもボッタクリなんて王都って怖いところなんですね」

「ボッタクリって、それは違う……」

 

 ひとりで納得するアルフォンス。

 そして、それを慌てて否定しようとするバレットに思いがけない言葉がかけられる。



「とりあえず、練習品なんですが僕の打った武器を使ってみますか?」



 ―――はあっ!?

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