閑話「ダンジョンに行こう」2
「このダンジョンはずいぶん単純な造りね。ダンジョンコアのレベルが低いんだと思う」
迷宮探索を始めて数時間、【聖魔】アビゲイルがそう推測する。
迷宮探索は、何の危険もなく淡々と進む。
時折、【弓聖】フィオーレが弓を放てば、迷宮の産み出した魔物は呆気なく爆散する。
「フィオーレ、ちょっとは手加減しなさいよ。素材がバラバラじゃない」
「弱すぎ」
「ガハハハハ、雑魚しか出ねえしな」
数々の罠などは、暇をもて余した【拳聖】バルザックがわざと発動させているが、彼の硬気功を打ち破れるほどの衝撃は与えられない。
アルフォンス自身、散歩に来ているような感覚だ。
「師父、このような状況を『過剰戦力』というみたいですよ」
「おおっ、アル。難しいことを知ってるじゃねぇか」
「先生が愚の骨頂だと、よく言ってました」
「マリアか?い~んだよ、暇を持て余してたんだからよ」
「アルを連れていくんだから、過剰ってことはないのよ」
「ん。アルは私が守る」
黒髪の少年を、アビゲイルが甘やかし、フィオーレがさらに甘やかす。
フィオーレが、アルフォンスを後ろから抱き締めると、そのたわわな胸が少年の頭に乗る。
「そこのババア、アルの教育には良くないから止めなさい」
「私は永遠の18歳。アルとはわずかしか離れてない」
「それでも10歳近く離れてるじゃねーか」
「虎のくせに、生意気にも計算ができた」
「やかましい!」
「……あははは」
そんな姦しい集団は、鼻歌交じりで迷宮を攻略していく。
そして、ついにとある扉の前にたどり着く。
「お~っ、いかにもって感じだな」
「きっとこの先が守護者の部屋ね」
「ん」
「守護者ってダンジョンコアを守る存在ですよね?」
「そう、ダンジョンコアによってトカゲだったり、狼だったりと種別は様々だけど、そのダンジョンで最も強い敵がいることになるわ」
「へ~っ、どんなのがいるんですかね。楽しみです」
「まぁ、俺にかかれば一撃だ」
バルザックが意気込んで扉を開けると、そこは真っ赤な石畳の広々とした空間であった。
そして、その中央に鎮座していたのが、牛頭人身の魔物。
――――【迷宮守護】ミノタウロス。
艶々とした黒毛の牛頭には、禍々しい魔力が迸る二本の角が生えており、筋骨隆々な体躯はバルザックよりもふた回りほど大きい。
怪物の傍らの床には『不壊』アダマンタイト製の戦斧が突き刺さっていた。
ミノタウロスの双眸が怪しく光り、口許からは濃厚な魔力が漏れ出でている。
己への挑戦者を認めると、地の底から響き渡るような不吉な唸り声を上げてゆっくりと魔物が立ち上がる。
――――――――が。
「弾けて死ね【爆発(エクスプロシオン)】」
詠唱を短縮したアビゲイルの魔術が炸裂すると、そこには飛び散った魔物の肉片のみが散乱する。
「ババア、テメエやりやがったな!」
「いくない」
「アビちゃん……」
初手で守護者を葬り去ったアビゲイルは、周囲の批難に悪びれもせずに答える。
「のろのろしてるあんたたちが悪い」
「うぐっ」
「む……」
かつての魔王討伐の戦いでも、事前の取り決めがない限りは早い者勝ちだったことを、バルザックとフィオーレは思い出す。
「さぁ、とっととダンジョンコアを破壊して帰るわよ」
最後にアルフォンスに良いところを見せられたアビゲイルは、ほくほく顔でそう告げる。
ミノタウロスが倒れた後方には、台座に納められた拳ほどの大きさの真っ赤な宝玉がある。
これこそが、ダンジョンコア。
「しゃあねえな。さっさとやるか」
バルザックが拳を振り上げたとき、アルフォンスがふと疑問を口にする。
「ダンジョンコアって、壊さなければ守護者も復活するのかな……」
「なん……だと……?」
壊す気満々であったバルザックは、この疑問に拳を下ろす。
「ババア、どうなんだ?」
「可能性はあるわね。もっと詰める必要はあるけど、私たちが外に出たらリセットされて守護者も甦るかも……」
「なら、僕も守護者と戦ってみたい」
そうアルフォンスが伝えたとたん、ダンジョンコアの隣に扉が現れる。
それは地上まで直通のドア。
(まるで、早く出ていけって言われてるみたい)
アルフォンスはそんな感情を抱く。
「そりゃあいいな」
「ん」
「アルかそう言うなら、私は別にいいわよ」
こうして、少年のひとことで、名もなき村の近くで発見された迷宮の存続が決まったのである。
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