第18話 悲観

「依頼主だけは守るぞ!」

「「「「おおっ!!」」」」


 アトモスはハイオークキングを睨みつけながらも、横倒しになった荷馬車に駆け寄る。

 他の冒険者たちも、依頼主を守るために荷馬車の周りに集まる。


 荷馬車の馬も冒険者たちが乗っていた馬もハイオークメイジの魔術によって虫の息だ。


 もはや、この場からの逃走は不可能。

 そして、周囲を屈強なハイオークの群れに取り囲まれた現状からの生還は絶望的である。


 並の冒険者であれば、心が折れて身動きすら取れなくなるような悲観的な状況だが、アトモスたちは優秀であった。

 誰と示し合わせた訳ではなかったが各々が覚悟を決めていた。


 目の前の理不尽に最後まで抗ってやると。



 冒険者たちが荷馬車を背にハイオークたちと対峙する。

 

 と、同時にハイオークたちが咆哮を上げて一斉に襲いかかってくる。


「わざわざ、待っててくれたわけか……」

「クソっ!」

「こうなったら意地を見せてやるッス」 

「一匹でも多く地獄に道連れだ」

「一匹でも多く地獄に引きずり込む」


 冒険者たちは、それぞれの言葉で自らを奮い立たせる。


 こうしてハイオークの群れと冒険者たちとの一方的な戦いが始まった。




「畜生!奴ら嬲ってやがる!」


 今、ハイオークを切り捨てたアトモスが忌々しげに吐き捨てる。

 冒険者たちを取り囲みながら、小出しにハイオークが出てくるのがその証左だ。


 また一匹、倒れた仲間を踏み越えてハイオークが現れる。


 アトモスは、後方でふんぞり返るハイオークキングを睨みつける。


(チッ、あの豚面にせめて一太刀……) 


 そう悲壮な覚悟を抱くものの、押し寄せるハイオークの群れに阻まれて、ハイオークキングまでの辿り着くことが出来ない。


「うおおおおおおっ、畜生!畜生おおお!」


 アトモスが大喝するが、格上の相手、しかも数に勝る相手には無意味であった。

 振り下ろした大剣が限界を迎えて砕け散る。


「まだだ!まだやれる!」


 腰から長剣を引き抜き、ハイオークに躍りかかるが、やにわに真後ろから棍棒で殴りつけられる。


「ぐはぁ!」

 

 そのまま吹き飛ばされたアトモスは、頭から多量の血を流し地面に倒れ込む。

 その手には先ほどまで握りしめていた剣はなく、出血により視界を妨げられてしまう。


(こんなことで、諦めてたまるか!)  


 歯を食いしばり、己を鼓舞し、必死に顔を上げるアトモス。

 そのわずかに見える視界には、ハイオークキングの醜悪な笑みが映り込む。


(こんなところで……)


 そう克己心を高めたとき、背中から腹にかけて焼けた鉄棒を押しつけられたような、熱を伴った痛みが走る。


「……えっ?」


 アトモスが痛みを感じて自分の腹を見れば、先ほどまで手にしていたはずの己の剣が背中から突き抜けていた。


「ゲハア、ゲッゲッゲゲケゲ」

「ギャ~ハッハッハ」


 ハイオークたちの下卑た笑い声があちこちから聞こえてくる。


(そうだ……順番に戦うとは決まってなかったよな……)


 次々と順番に現れるハイオークたちを相手にしているうちに、てっきり一対一で戦うものと思い込んでしまった。


 あまりにも整然と現れるため、ハイオークキングの意向が一対一なのだと誤解していたようだ。


 この戦いには最初からルールなどなかったはずなのに。




 どうやら、これまでのようだと前のめりに倒れ込むアトモス。


「皆……すまない。某の判断ミスだ……すまない……」


 アトモスは痛みに堪えながらも、仲間たちに詫びる。

 その声は届かないだろうとは思いつつ。


 そうして、己が本能に従ってゆっくりとまぶたを閉じるのであった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る