第3話 歴史
【ノイモント王国】は、【ゼルトザーム大森林】の南方に位置する大国である。
この国はかつて、大陸北方の魔族領域軍の侵攻を受けて滅びた歴史を持つ。
魔族に親兄弟、愛する者を殺された人々は、自らの境遇に涙した。
そんな中、一人の男が立ち上がる。
彼は人々から【勇者】と呼ばれ、【剣聖】【癒聖】【拳聖】【聖魔】【弓聖】の称号を持つ仲間とともに魔王討伐を果たし、祖国を取り戻したのだ。
もちろん、魔王を討伐するための道のりは厳しいものであったが、【聖宰】【聖商】【狩聖】【聖鍛】【隠聖】の称号を持つ仲間の協力を得て、着実に王土を回復していったのだ。
やがて祖国を取り戻した【勇者】は、滅亡した当時の王族であった【癒聖】と結婚して王となり、王国復興の礎を築いたのであった。
このときから、ノイモント王国の隆興が始まり、【勇者】とともに戦った十人の聖者を人々は【始王の十聖】と呼んだ。
復興時にはカリスマ性の高い指導者を必要としていたが、国土を奪還して三十年が過ぎ、王国が発展の兆しを見せたところで、王は隠居を決意する。
今後は、次代の者が国を導くべきとの判断からであった。
いつまでも、強烈なカリスマに依存する時代は過ぎたとの考えであった。
その考えに【始王の十聖】も共感する。
もっとも、煩わしい日常から離れてひたすら自らの研究を極めたいといった怠惰な者も少なからずいたが。
そうして彼らは、王の考えに共感する家人らとともに大森林の南にある名もなき村に移住したのであった。
日々の糧は、力を持て余した者らが自ら買って出る。
どうしても必要な物品は【聖商】の忠実な部下が、いくつものダミー商会を経由して搬送する。
よって、行方をくらました王とその忠実な聖者らの行く先は誰も知ることはなかった。
名もなき村の生活は、些事に忙殺されていた日々に比べると、平穏な日々であった。
だが、ここに来て問題が起きる。
平穏すぎて、聖者らが暇を持て余したのだ。
大森林で狩りをしても、圧倒的な力を持つ彼らから見れば物足りない。
せっかくの研究も、試す機会が無ければ机上の空論である。
そんな鬱々とした日々に、変化が起きたのがある嵐の日であった。
泣き声がすると、村を飛び出した元勇者が布に包んだ赤子を連れ帰ったのだ。
明らかに訳アリの赤子であったが、有り余る力を持つ彼らには関係なかった。
何か問題があれば叩き潰す。
出来れば問題が起こって欲しいというのが、彼らの本音であった。
当初の危惧とは裏腹に、何事もおきず、赤子はすくすくと育つ。
その赤子【アルフォンス】は、村の人々に大切に育てられた。
ある日、同じ年頃の友人がいないアルフォンスを見かねて【拳聖】が自らの拳闘術を教えたところ、驚くべき速さでこれを修めたのである。
これを見た周囲の聖者たちは、我も我もと自らの技術をアルフォンスに伝授し始めたのであった。
スポンジが水を吸うように、聖者らの技術を習得するアルフォンス。
暇を持て余し、自らの秘術すらアッサリと教える聖者たち。
こうして普通の10歳とは呼べない少年が生まれてしまったのであった。
聖者らがその事実に気づいたもののもう遅い。
アルフォンスが素直に育っているのが唯一の救いではあるが、彼の未来がどうなるか知る人はいない。
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