第37話 二人で猛勉強の夜

「野乃香、一週間後にテストがあるって知ってるよね」

「えっ、そうだったっけ。忘れてた……」

「ったく、呑気なもんだな」

「えへへ、いつもの事です」

「勉強はしてる? って、知らなかったんだから、当然してないよな」

「してません。教えてくれてよかった。来夢様は強い味方です」

「月間予定表に書いてあったけどなあ。ってことで、俺は今日から猛勉強しようと思う!」

「おっ、流石! だけど、テスト前だけ勉強してもダメだって、言われたことがあるよ」

「それは、普段やっていない人の場合。俺の場合は違うの。普段もやりつつ、テスト前にも猛勉強する。これが、良い成績を取る方法。分かったかな」

「なんだかありきたりねえ。分かり切ってるじゃないの」

「まあ、勉強に特別な方法はないってことだよ。ということで、さてこれを見てくれ!」


 来夢は四角く畳んである紙を取り出して、野乃香の目の前に広げて見せた。日程表のようだが、細かく日時と科目が書かれている。表には野乃香と来夢の名前が書かれている。


「あれっ、私の予定表もあるの」

「俺が考えてみたんだけど、修正した方が良ければ、直して」

「どれどれ……フムフム、国語がこのぐらいで、英語がこのぐらいで、ええと社会は……」

「どうかなあ」

「ちょうどよさそう。私もこれでやってみる! 一緒の科目をやる時もあって、楽しそう」

「それじゃあ、今日から早速、始めるぞ!」


 定時制なので学校から帰るとすでに九時半を回っている。それからできる時間は短い。だが、その時間にある程度やっておかないと、翌日の昼間はバイトがあったり、疲れがたまっていると起きるのが遅くなったりして、はかどらない。


「今週はバイトを減らしている。大事な試験だから」

「ああ、本当だ! ちゃんと考えてるんだね。私もそうしようかな。今からでも調整する」


 そのために買い物をある程度まとめ買いして、できるだけで出かけなくていいように準備した。学校から帰り、軽く夕食を済ませ風呂に入ると、十時はとうに過ぎていた。


「さて、これから勉強の時間だ。二時間はできるはず」

「せっかくやるんだから、もっとやった方がいいよ」

「いや、無理をしないでやるのが続けるコツだ。集中してやろう」


 二人は、計画表に従ってテーブルに向かい合って座った。初日は二人で古典を勉強する予定だった。原文を読みながら、現代語訳を確認していく。声に出して読んだり、ノートに書きだしたりして、意味を覚えた。


「だいぶ前にやったところだけど、声に出して読むと思い出す」

「一緒に勉強すると、嫌にならないね」

「じゃあ、続きを読む」

「来夢さん、素敵な声」

「もう、冷やかすな」


 野乃香は、来夢の声のトーンや流れるような読み方が気に入った。抑揚をつけて、感情をこめて読むので意味が伝わりやすい。


「作者の気持ちになって読めばいいんだ。何百年前の人だって千年前の人だって、俺たちと同じ人間なんだから。同じような悩みはあったはず」

「古典って異世界の話だと思ってたけど、そんなことはないんだね」

「生活はだいぶ違ってるけど、基本的んは同じじゃないのか。更級日記を書いた菅原孝標の娘は、今の千葉県市原に住んでいたことがあるんだ。当時はものすごい田舎だって言ってるけどね。それから京都に移った」

「へえ、今でも本が残っているような作者が身近なところに住んでいたなんて、親近感がわくね。じゃあ、京都の人たちは、昔の有名人やスターが住んでいた街で生活してってこと?」

「そうだね。行ってみると、彼らの亡霊に会えるかも……」

「きゃっ、怖いっ!」


 楽しいおしゃべりをしながらの勉強に、時間が経つのを忘れていた。


「さて、このぐらいにして、次の科目に移る。俺は理科で、野乃香は英語」

「は~い、自分でやります! その前に一息入れよう」

「まったく、野乃香はのんびり屋だな」

「いらないならいいよ」

「いる、いる!」

「飲み物を用意するけど、何がいい?」

「紅茶が、いいかな」

「ミルク入り?」

「うん」

「じゃあ、二人とも同じのね」


 紅茶を淹れミルクを注ぐと、ふんわりとして優しい香りがあたりに漂った。


「一口飲んでからやろう」

「ふ~っ、美味しいねえ」

「こんな時間が来るなんて、待てはいいこともあるもんだ」

「な~に、しみじみと」

「まあ、いいでしょ。こっちの事」

「変なこと言ってないで、紅茶を飲もう!」


 俺は目の前の女の子の顔をちらちら見ていた。いつからか、家族のように一緒に暮らすようになっていたが、いまだに何か不思議な気がするんだ。どこか別の世界から降りてきたような、さきほどの古典の世界の少女のような、物珍しいい顔をしてこっちを見ている。


―――まあ、いいだろう。


―――こうやって眺めているのが丁度いい。


「来夢、さっきからこっちばかり見てるね。向かい合って勉強するの、良くないかな」

「どうして?」

「だって、私に見とれてばっかり……」

「何をいってる、そんなわけないだろう! ちゃんと勉強してるか、監視してるんだ。さあ、早くやって!」


 これから一週間、こんなふうに勉強時間が過ぎていくのも悪いものじゃない。

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