第36話 野乃香と出会った場所へ

「たまには買い物に行かない?」

「どこのスーパーに行くの」

「スーパーじゃなくて、駅の方に」

「あら、来夢何か買いたいものがあるの?」

「そうじゃないけど、行ってみよう」

「わ~い。じゃ、何か美味しいもの食べたいな~」

「それもいいね」


 二人ともバイトがオフになった休日、横浜駅まで行った。久しぶりの駅は、どうなっているだろうか。やはり、通路は相変わらず人でごった返しているのだろうか。


 

 行ってみると、やはり電車の改札口からデパートやその周辺へ移動する人で一杯だ。どこからこんなに大勢の人が集まってきたのだろう、と感心してしまう。通路で立ち止まると、野乃香がいった。


「人通りが多いね、ここ」

「みんなどこから来て、どこへ行くんだろう。目的地に向かって急いでいる人もいれば、のんびり歩いている人もいる」

「あ、あの辺で立っていたことがあったっけ……」

「そう、覚えていたね!」

「ここへ来ようと思ったの?」

「それだけが目的じゃないけど、どうなってるのかな、と気になってさ。あまり、変わってなかった。新しい店が出来たり、入れ替わったりはしているだろうけど……

「立ち止まってると、人並みに飲まれそう」


 小学生の時に立っていたのと同じ位置に立った野乃香は、周囲を見回して景色を眺めている。ここに立っていて、泣いていた。それを見つけた俺が、声を掛けたんだった。


「ねえ、もう一度今、ここに立っていたら、私を見つけることができるかな?」

「分からない」

「泣いていたら?」

「それでも、分からない」


 俺が野乃香に会ったのは、全くの偶然だ。同じことは二度と起こらないような気がする。


「私はラッキーだったのかな……」

「そうかな。俺が助けなかったら、他の人が助けてくれたかもしれない。そうしたら、他の人に出会っていた」

「ああ、そんな可能性もあったのね」

「タイミングも大事だ。参考書を買いに書店に行こうと思わなければ、俺はここには来なかった」

「参考書に感謝ね。その参考書はまだ持っているの?」

「ああ、大切にとってある。何か、捨てられなくてさ」

「へえ」

「さて、思い出の場所を見たことだし、美味しい物でも食べようぜ」

「わっ、賛成!」


 ふたたび雑踏の中を歩き、地下街へ行き店を物色した。でも、滅多に来ないので、どこがおいしい店なのかがわからない。


「全然わからないなあ」

「適当に見て、美味しそうなところに入ろう」

「わあ見て、美味しそうなラーメン」

「何だ、ラーメンか。ここまで来て、ラーメンでいいの?」

「おいしそうだもん!」

「じゃあ、ここにするか!」


 食券を買い、店員に渡す。有名なラーメン店だったのだが、野乃香は全くそんなことは知らない。味玉をトッピングに選んだ。こういう店では食べ終わってから、余り長居はできそうもないんだ。少しの時間で、どんぶりが目の前に置かれた。


「美味しそう! やっぱりここまで来たかいがあったね」

「そうだな。ラーメンだけど、いつもとは違う。頂きま~す!」

「いっただきま~す」

「ふ~っ、寒いときはいいねえ」

「本当だね」

「ラー油も入れよう。わあ、たっぷり入っちゃった」

「入れすぎよ。辛くて食べられなくなるから」

「いいの、いいの、この位の方が、あったまるんだ」

「じゃあ、私はちょっとだけ」


 スープは意外とあっさりしていたが、コクのある豚骨味で体が芯から温まった。食べ終わり、店から出て周囲を見回した。


「さて、来夢は何か買いたいものがあるの?」

「あっ、特になかった」

「そうだったの。じゃあ、デートってことだったんだ」

「まあ、そんな感じ……」

「せっかく来たから、少し服でも見ていく?」

「高いんじゃないかな」

「そうでもない店もあるかもしれないし。行ってみよう!」


 野乃香は、ずんずん歩いて行く。どこか目当ての場所でもあるのかな。


「ここは、そんなに高くなさそう。だから、ちょっと見て行こう」


 案内されたビルは、若者向きの衣類を売る店が入っていた。カジュアルな服が並び、若者でも手に取れそうな価格が表示されていた。


「おお、可愛いトレーナーがある」

「これって、なんかの動物?」

「そうみたい、私の髪飾りについてた動物じゃない?」

「ブタ! でしょ?」

「面白いから、これにしようかな。お揃いって言うのはどうお?」

「俺までブタの柄のトレーナーを着るのかよ?」

「嫌?」

「まあ、買ってくれるんだったらいいけど」


 俺はちょっと強気に行ってみた。もったいないから辞めるっていうだろうな。


「わかった、私が買うから着る?」

「だったら、着てもいいけど」


 胸元に小さなブタが座っているプリントの入ったトレーナーを買うことになり、野乃香は支払いを済ませた。


「は~い、誘ってくれたお礼で~す」

「わかった、着るよ」

「いつも、私の豚さんを見ていたから、欲しかったんだろうな~って思って」

「なんだ、この店調べてたのか。ちゃっかりしてるよ」


 このブタプリントのトレーナーは、当分の間家の中で着ることにしよう。こんなの好きで髪の毛に着けていたのか。やっぱり少し変わったやつだ。

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