第30話 親父の意見とクラスメイト達
冬に入り畑の仕事がほとんどなくなり、配送倉庫で段ボールに荷物を詰めたり、荷物を運搬する仕事をしていた来夢の父は、短い休み時間を取りひと息ついていた。スマホをチェックすると来夢から着信があり、折り返し電話してみた。
「電話くれたんだな」
「色々と相談したいことがあって、電話した」
「何だ、急用なのか? 今休憩中だけど」
「夜、かけ直した方がいいかな?」
「いいや、今聞くよ。急ぎの用だから電話してきたんだろう」
仕事中の出来事と叔父の怪我についてかいつまんで説明した。大変だったな、と言って慰めてくれたが、一番気の毒なのは叔父だった。親父の優しさが身に沁みた。
「事故だから誰も防ぎようがなかった。お前ががっくりすることはない。ただ、それでお前に会社を任せようというのは少々性急すぎる。来夢には来夢の描いている将来像もあるんだから」
「俺の将来像か。勉強を頑張って、大学に行き何とか自分で仕事を始めて、見返してやろうと思ってたが、具体的に何をしようとかは、まだない」
「それでも、大学へ行って勉強しようっていう希望はあったんだから、先ずはそれを実現させることを考えてもいいと思う。会社は、一人でやるもんじゃない。仕事の分かる社員がいたはずだから、ここは彼らが何とか乗り越えてくれるだろう。心配しないで自分がどうしたいのかを、第一に考えることだ」
「ありがとう、親父」
その言葉で、胸につかえていた重しが少しだけ軽くなった。進学することは結論を先延ばしするだけなのではないか、と思い悩んでいた俺にとって、父の言葉は救いに思えた。
学校でも事の顛末を向山と美瑠久に打ち明けた。社会人の向山からは、人生の先輩としての発言が聞けると期待していた。彼は心から同情し、叔父の事を気の毒がってくれた。経営者が倒れてしまった会社の運営がどれだけ大変なものかを、誰よりもよく知っていた。
「心細いだろうから、そばにいてあげるのも大切なことだ。だが一番大切なのは、君の気持ちだ。君自身が後悔しないようにした方がいい」
「そうですよね。俺が本当にこの仕事に興味があって、一生続けられるかどうかですよね」
「その通り。これから先の方がずっと長いんだ。肝心なのは、いいことばかりじゃなくても、やって行く気持ちがあるかどうかだからね」
「はい。よく考えてみます」
―――矢張り相談してよかった。
美瑠久もじっと考えてから、きっぱりと言いきった。
「会社を運営するって、簡単なことじゃないよ。まずはその会社の社員としてやってみて、それから考えても遅くない」
「今までバイトで働いていたんだけどね」
「それじゃあ、これから社員になってみないとね。バイトはあくまでバイトだよ」
「そうなのか?」
「だって、気楽じゃない? いつでも他のバイトに変えられるんだもの、そうじゃない。私としては、学業優秀な来夢は、卒業したら大学に行くべきだと思うよ。そこでもっといろいろな勉強をして、視野を広げてからでも遅くないじゃない」
「親父の怪我が良くならなかったらどうしたらいいんだろう。そんなに時間があるんだろうか」
「それも来夢が心配することじゃないんじゃない。自分の計画をまず通した方がいいと思う。色々な選択肢を見てから、考えた方が自分に余裕ができるよ」
「そうか、貴重な意見ありがとう」
野乃香とは違う意見だな。ここでもう一度野乃香の顔を見ると、伏し目がちに俺の方を見た。
「野乃香の意見は……」
この間聞いた通りだよな。引き受けたらどうかって、野乃香だけが、やってみろって言ったんだった。
「……えっと、私は……」
「まあ、言わなくてもいいけど」
「……私は、来夢は叔父さんに頼られてるんだから、引き受けた方がいいんじゃないかと思った。でも、二人の意見を聞いてたら、やっぱり進学した方がいいのかなって、考えが変わってきた。だけど、正直言ってどっちがいいのか、よくわからない……ますますわからなくなってきた。ああ~~っ」
「親父は、結論は急がなくていいって言ったよ。俺も迷ってるし、みんなの意見が聞けただけでよかった。自分の事のように心配してくれたんだから、それだけで嬉しい」
「御免ね。あたしが一番はっきりしないね」
「まあ、いいよ。野乃香らしいから」
当の自分が一番迷っているし、慰めたつもりが自己嫌悪に陥ってしょんぼりされてしまった。野乃香と同い年の美瑠久は、はきはきと自分の意見を言うし、いつも自信に満ちていて対照的だ。
向山が、目じりに皺を寄せて三人にいった。
「又落ち着いたら、家へおいでよ。食事会をやって、お喋りでもしよう。若い皆と食事すると楽しいし、こちらも若返るよ」
その提案を聞き、美瑠久が一番喜んでいる。
「ありがとう、おじさん! 社会人の友達がいると、こういう時に助かるわよね、ふたりともいい。絶対行くからね」
「よ~し、またご馳走、用意しとかないとな」
「ああ、おじさん。いつもご馳走になるんじゃ悪いから、会費制にしましょうよ。そうすれば、私たちも気兼ねなく行けるじゃない」
「よく気が回るね、美瑠久ちゃんは。気にしなくてもいいことを」
「当たり前でしょ。同じ学生なんだから。それに、その方が気兼ねなく食べらでしょう」
―――美瑠久は大人だな。
ますます野乃香は恥ずかしそうに下を向いてしまった。そんなに気にするなよ、誰にでもいいところはあるんだから。ジェラシーを感じている野乃香を見るのは初めてだ。何せ、人と自分を比べない、いたってマイペースな所が彼女の長所ともいえるのだから……。
二人がいなくなったところで、こっそり俺に囁いた。
「あたし客観的にみると、あまり魅力的じゃないね」
「何、急に変なこと言ってるの」
「今まで他の人と比べたことないけど、あたしって取り柄がないな」
「そうかな」
「そうだよ。は~あ」
慰めもしないで歩いていたら、野乃香がとぼとぼ後ろを歩いていた。
「どうしたの?」
「別に」
―――まだいじけてるのかな。
―――困ったもんだな。
―――慰めてほしいのかな、ちょっと様子を見ていよう。
「どうしたのかな?」
「何でもないけど……」
―――めんどくさいやつだな。
―――そんなに慰めてほしいのか。
「野乃香には、野乃香の……」
「……あ、私もこれからはっきりした女になろうっと! き~めたっ!」
「へ……、あっ、そうなの。ふ~ん。それで?」
「もう迷わない! 今日の晩御飯はカレーに決まり!」
「……ああ、そう」
―――はっきりした女って、そういうことじゃないと思うんだけど。
向山と、美瑠久にお礼を言って二人で自転車にまたがった。宵闇の中をみんなそれぞれの家へと帰っていく。冷たい風も心地よかった。勇気を出して、話してみてよかった。
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