第22話 野乃香が告白する
スーパーのアルバイトを終え、来夢はくたくたに疲れて帰宅した。一日中品出しをしたり、時にはレジに立ったりと、体を動かしっぱなしだった。厨房での調理や、魚を裁いたりする仕事以外の売り場内の仕事は何でもやった。
「お土産があるよ」
袋の中からいくつかパックを取り出し、テーブルに並べた。
「あら、あら、色んな総菜がある」
「値下げしたのを買ってきたんだ。明日食べてもいいしね」
「すっごくおいしそう! ありがとう!」
野菜の煮つけなどは手間や時間がかかる。出来合いのものがいくつかあると有難い。
「里芋と大根の煮つけ! どうお? 食べてみて」
パックを開けて、箸で里芋を取った。
「わあっ、美味しいよ!」
「何でも作ってると大変だからね」
「総菜があると助かる!」
買ってきた総菜ばかりでは味気ないが、品数を増やしたい時には結構助かる。食べ終わると野乃香は、神妙な顔をして黙り込んだ。
「あまり深刻になるなよ。ここにいれば一応安全だと思う」
「私も明日はバイトと学校があるけど、出かけても大丈夫だよね?」
「俺が後ろからついてってあげるから、安心していきなよ」
神妙な顔をしているのはそのことが心配だったのか。
だが、野乃香の本心は別のところにあった。いつ告白しようかと、チャンスをうかがっていたのだ。食べ終わりお茶を飲んでいた。
―――今がチャンスかもしれない!
決心した口を開いた。
「ねえ、来夢」
「なあに?」
「あたし、来夢の事が……」
「うん、俺の事が?」
「……すっ、好き。ずっと前から……、す、好きだったの」
―――言葉が滑ってしまった。
―――囁くような声になってしまった。
―――聞こえただろうか。
来夢はじっと野乃香の顔を見て立ち上がった。ああ、いってしまった。野乃香は、来夢の顔を真正面から見ることが出来なくなりテーブルに視線を写した。
「そうだったの、やっぱり」
「……へっ」
―――自分の気持ちはお見通しだったのか。
―――ああ、私の行動はわかりやすいから、もうばれてしまっていた。
間の抜けた告白だったと後悔し始めていた。
「なんとなく気がついてた、そうなのかなあって。俺も、まあ……、野乃香の事は嫌いじゃないよ」
「はあ……、よかった。嫌われてはいないんだよね」
「まあね。嫌いじゃない」
嫌われてしまったらどうしようかと思って心配だったが、その心配はいらないようだ。告白したことで、ここに居ずらくなってしまったり、気まずい雰囲気になってしまうのが怖くて今まで言い出せないでいた。
遂にそう来たか、と来夢の方はその言葉が、湖に水滴を落としたように、胸の中に広がっていた。告白されたからと言って、何がかかわるのだろうか。今のところ、この生活に特に変化はないだろう。
―――そうだ!
―――返事は棚上げにしてこの生活を続けようか。
しばし考え込んでから、そう結論を出した。意地悪をしようとしているわけではない。真面目な告白だからこそ尚更、自分の返事は慎重にしなければならない。
不安そうに、野乃香は来夢の顔をずっと覗き込んでは時折俯いている。ため息さえついている。つぶらな瞳で見つめている野乃香は可愛らしかった。
「俺なんかのどこがいいのかな」
「どこがって……たくさんあるけど……」
「そうかな。いい所なんて、あまりないよ」
チョット不貞腐れて、いってみた。
「そんなことはない。だって、来夢は私を助けてくれた。三回も」
「それは好きになる理由にはならないよ。助けてくれる人を好きになるなら、警察官や救命救急士だっていいことになる」
「その助けるとは意味が違うのよ。来夢は、私を仕事で助けてくれたわけじゃない。助けないで知らん顔をして通り過ぎる事ができたけど、振り向いてくれた。私に関わってくれた」
―――それで……、俺を好きになったのか。
―――寂しかったんだな。
―――あまりかまってくれる人がいなくて、可哀そうだったんだ。
―――それならなおの事、本当の自分を見てくれなければダメだ。
確かに野乃香は、はかなげで、助けないとどうにかなってしまいそうだったから当然のように手を出して助けていた。彼女がピンチになると、いつも放っておけなくなる。
「見ていると可哀そうで、放っておけなるんだよな、野乃香のことが」
「そうだよね。私って一人じゃ何もできなくて、情けないよね。もっとしっかりしなきゃこれから生きていけないよね」
「でも、それが魅力でもあるからいいんじゃないのかな」
「そうなの。このままでいいのかな」
「それは……、強くなった野乃香も面白そうだし、情けない野乃香でもいい」
成り行きでこうなってしまったけど、どうしてか理由はどうでもいいような気がしていた。
俺は立ち上がり、彼女の座っている椅子の後ろに立った。そして、背後から両腕を回して、包み込むように両腕を体の前に移動させた。野乃香の体がびくっと震えた。
―――いい雰囲気だ。
―――ふっくらして柔らかい。
髪の毛が俺の鼻先をくすぐる。髪留めの豚も今日は幸せそうに揺れている。
「安心してていいよ。またピンチになったら助けるから!」
「わあ、嬉しい」
野乃香も両腕を胸のところに持って行き、俺の両手に重ねた。俺の両手は野乃香の両胸に押し付けられた。不安な表情が消えていた。
「野乃香……」
思わず顔を頬に近づけキスした。すると、キスしたところがポッ、と花が咲いたように明るくなった。
「あたし、片思いでもいいんだ。来夢が優しくしてくれるだけで……」
―――ふふ~ん、そばにいられるだけでいいんだな。
野乃香は、今度は赤くなった顔を両手でパタパタと扇ぎ始めた。折角大人の雰囲気になったと思ったのに、またしても何をやっているんだ!
「わあ、本当の彼氏みたい。凄い、凄~い!」
訳の分からないことを叫びながら立ち上がって、飛び跳ねた。今度は前から抱きしめてみようかと思ったが、こんな子供っぽいことをやられたのでやめておいた。
―――もう少し大人になれよな。
一緒にいるんだったら、と思ったのも束の間、片手を俺の方へ出してそっと手を握った。
―――おいおい、今度は何をするんだ。
その手を自分の胸に持って行って……。
「こんなにどきどきしちゃったの、ね。聞こえるでしょう」
「あ、ああ。心臓の音ね。ドキドキしてるような気がする」
胸に手を当てたからと言って、自分が思っているほどその鼓動は分かるものではない。
「聞こえたよ」
全くの子供だ、とは思ったが、俺は野乃香を抱きしめた。今度はバタバタすることなく、大人しくしていた。
「いい子だね」
こういう時に言うセリフじゃないとは思ったが、そっと頭を撫でてあげた。すると、今度は大人の女性のように俺の肩に両手を回して、優しく撫でた。おっ、ようやく次はどうなるかわかったのか。彼女の体温が体中に伝わってきた。寝ぼけて抱き着いてきたのとはわけが違った。俺の骨ばった体に、柔らかい体が吸い寄せられるようにぴったり張り付いた。これでは、俺が彼女を好きだと言ったら、彼女はどうなってしまうのだろうか。蕩けてしまうかもしれない。まだ、黙っていることにしよう。
「じゃあ、昔みたいにほっぺにキスしてくれる?」
「あ、そんなことがあったけ」
そっと目を閉じてその瞬間を待っていると、昆虫か何かが頬に止まったような感触があった。薄く目を開けると、野乃香の顔が間近にあり、くりくりした瞳と目が合った。
―――もう少しこんな生活も悪くない。
「家に帰れるようになるまで、ここにいていいよ」
俺は小声で囁いた。
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