第4話 突発性記憶障害

明子のアパートからの道すがら、本当に彼奴の部屋に転がり込んでやろうかとも思い始めていたが、なぜ、レイカが吉山明子を名乗ったか、また何故知っていたのか、が疑問だった。予め僕の身辺調査位は済ましてから僕と接触したか、それとも偶然か?そんな事を思っていた時、例の知人の顔が浮かんだ。(寺山も、ヨシヤマアキコの名前を聞いてたな。あの時なぜ彼奴も疑問に思わなかったのか。分かってはいたが、口に出さなかっただけか?)そんな思いもあり、僕は寺山に電話をした。

「急で悪いが、これから会えないか?」寺山も一時帰国中はそんなに忙しくないのか、僕の頼みをすんなり受け入れてくれた。

 寺山の診療所は、下町の川沿いの比較的外人が多い地域にあった。訪ねたときは、アジア系の女性患者の診療が終わった所で、後は暇だと言っていた。

「帰国してる時は主に外人相手の診療をやってるんだが、大体が暇だ。」寺山は気楽そうに言ってから

「お前こそ、大丈夫か、やっぱりクビになったのか?」と聞いてきた。

「クビじゃないけど、あそこは辞めた。今は、T大の数学講師をやってるんだが、お前この間のアルコール中毒女覚えてるだろ。」

「ああ、えらい美人で・・・確か烏丸の・・・」

「俺は、今そいつのヒモになってる。」

「ヒモ?あのご令嬢に養って貰ってるのか?」

「べつに、養って貰ってるわけじゃない。何方かといえば、軒を貸して母屋を取られたと言うのが正確かな。」

僕は、レイかとのこれまでの経緯を説明した。

「そんなら、とっとと、とんずらすれば良いだろう。それともあんないい女、未練でもあるのか?」

「ああ、あのマンションを出る事も考えているが・・・。

おまえ、吉山明子の名前に覚えは無いのか?」

「それって、あのご令嬢が最初に名乗ってたと言う名前か?」

「吉山明子を知らないか?大学時代に、そいつの件で随分お前に迷惑をかけたんだが。」

「うーん、何だっけ・・・覚えていそうで出てこない。」

明子と寝てしまった後、五月蠅く付きまとう明子だったが、僕が留学するに当たり、何処から聞いたか知らないが、僕の友達の寺山を見つけ出し、僕の情報を根掘り葉掘り聞き出そうとしていた。また、神田の様な事になると行けないので、明子の事情を説明し、なるべく関わら無い様に頼んでおいた。寺山は少なからず、明子の件では迷惑を被っているのである。暫く、僕が思い出した明子の事を断片的に話をしたが、寺山は明確な記憶を思い出せない様であった。

「実を言うと、俺も昨日、明子と出会うまでは、全く存在を忘れていたんだ。だから、レイカが吉山明子を名乗っても全く疑問にも思わなかったんだ。」

「お前は、その明子に会ったらすべて思い出したのか?」

「思い出したと言うか、思い出させられた。彼奴が一晩中喋りまくっていたから、新しく記憶が植え付けられた様な気がしてたが、ある時点から思い出したんだ。」そう、それは明子と寝た後からだった。

「突発性記憶障害って言うのは在るのかな?」

「ある事はある。交通事故やスキーなんかで後頭部を強く打つと、前後の記憶が吹っ飛ぶ事があるんだ。おれの知り合いで、砂漠の横断中ラクダに乗ってた奴が、振り落とされて、頭を打ったんだ。怪我的には大した事は無かったんだが、一緒に行動していた仲間の事を全部忘れてしまった。何日も一緒に行動していた連中が、皆見知らぬ顔になっちまった。近くのオアシスに着いたときに、たまたま俺が居て、お互いに知り合いだったから、何とかなったんだが。」

寺山の医学的な話は、僕も処かで聞いた事がある内容だった。

「不思議に思っている事が有るんだが?・・・何故レイカが吉山明子を名乗ったのか、何故その名前を知っていたのか?」

「その明子とか言う女は、有名人か?雑誌とか、メディアに取り上げられる程の?」

「今は離婚しているんだが、金持ちのボンボンと結婚したらしく、結構羽振りの良い生活をしていた様だ。」

「ふーん、その金持ちと烏丸令嬢とが繋がっているとか?」

「うむ、それも有りうるとわ思う。」

「それで、さっきの話に戻るんだが、特定の記憶を個人ではなくある程度の集団で改ざんする事って出来るのか?」

「そんな事がマジで出来れば、世界征服だって出来るだろうな。例えば、特殊な薬を水道とかに混ぜて、都合の悪い記憶を消しちまえば、人々を意のままとまでは行かなくても、良い様に操れる。昔の軍事国家の様にな。まあ、そこまで行かなくても、薬なんかじゃなくて、今でもマスメディアがやってるんじゃないのか。特定の商品を多くの人に買わせるためとか。お前のやっていた仕事なんかもそんな部類だろう、情報操作って言うのか。」

「ふーむ、確かにな・・・・」でも特定個人の情報だけを消去する様な操作方法は無いと思うが、と言いかけたが、寺山が

「その明子とか言う女何処で会ったんだ。まさか道の真ん中で偶然に、でもあるまい。それなら、そんな思い出したくもない女の記憶なんか出てこないだろう。」

「ああ・・・料理教室で。」

「料理教室?」

「レイカに言われて今通っているんだ。何でもTホテルの元料理長のレシピを再現しろって言うのがミッションなんだ。」

「お前、そのレイカにいい様に使われてるんじゃないのか?すでに洗脳されてるとか?」そんな事を寺山に言われてから

「ああ、そうかもしれないな・・・まあ、話の序に、もう一つ聞いてくれ。」と言って、コーヒーを飲み干すと

「前の仕事の件なんだが、金が変な流れをしているんだ。」

「変な流れ?」

「ああ、金持ちが金儲けに興味を無くしたと言うか、貧乏人に金を配っているんだ。慈善団体とか貧困国とか、しかも無利子無返済で!」

「うーん、それが原因なのか、俺の所属している団体にも、えらく羽振りの良い金持ちが資金を援助してくれて、四苦八苦して、搔き集めていた医療器具やら薬が潤沢に手に入ってるんだ。それに加えて、貧困国に病院だの医療団体だのを設立して援助している。おかげで俺達のやる事が無くなっちまいそうだ。まあ、それは、それで良いことなんだが。」

「不特定多数の金持ちに、心を入れ替えろ的な、情報操作なんて出来るのか?」

「それこそ、薬でも使って洗脳すれば・・・そう言えば昔、何かの宗教団体でそんな事もあったな・・・薬はともかく、何かの宗教なら可能かもしれない。しかも金持ちだけが信仰している様な宗教とか。」そう言うと寺山は、ナースに予定を確認してから

「今日は、閉めるぞ。」と指示してから

「飲みにでも行こう。」と言って、僕を連れ出した。

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