第486話 秒ってレベルじゃない、卒業式


 壁一面にかけられた紅白幕。

 ステージの上には、『ご卒業おめでとうございます! 教師一同』とある。


 生徒たちは学籍番号で、席が決められているため。

 1番という呪われたナンバーを手にした俺は、文字通り最前列で、学園のお偉いさんとお見合い状態だ。


 よく知らんが、一ツ橋高校の本校。東京からわざわざ福岡へ来てくれたらしい。

 かなり年配の老人……杖を持って、何やらもごもごと言っている。


 人が多すぎて後ろの方は確認できないが、どうやら家族も出席しているみたいだ。

 たぶん、我が家からは誰も参加していないと思う……放任主義なので。


 宗像先生が咳ばらいをしながら、ステージ隣りの司会席と思われる机へと向かう。

 マイクを掴み、位置を調整する。


「あー あー、テステス……」

 もう二度と見たくない、懐かしい光景ですな。


「それでは、全員揃ったようなので。ただいまより、第31回一ツ橋高校、通信制コース。春期卒業式を始めます」


 いや、俺の隣りが空いたままなんだけど?

 まだミハイルが来てないのに……。

 しかし宗像先生はそんなことを無視して、式を始める。


「えー、最初にお伝えしたいことがあります……。それは本日の生徒たちに対する、卒業証書、授与の件です。訳あって、短縮させて頂きます。本校から名誉校長が来て頂きましたが、生徒を代表して、夜臼 太一くんが卒業証書を受け取ります」


 一体どういうことだ?

 普通こういう時って、校長から一人ひとり直接、卒業証書をもらえるもんだろ。


 宗像先生に名前を呼ばれた夜臼先輩が、元気よく立ち上がる。

 身体をカチコチにさせて、ステージ上に向かう。

 ていうか、今日の式に参加しているってことは、夜臼先輩はついに卒業できたのか?

 ちょっと泣けるぜ……。


 壇上には先ほど見かけた老人が、身体をふるふると震わせて、夜臼先輩を待つ。


「ふぇ~ 夜臼 太一くん。一ツ橋高校、いや我が五ツ橋学園へ20年近く通い学んだこと。その勤勉な姿に私たちは感動しました……よって、あなたへ卒業証書と共に、総長賞を差し上げます」

 総長賞とかいう訳のわからない賞状と、ガラス製の小さなトロフィーを受け取る夜臼先輩。

 目には涙をいっぱい浮かべている。

 まあ……20年も高校行ってればね。

「あ、ありがとうございます! 家宝にさせていただきます!」


 続けて、卒業証書も受け取ると、夜臼先輩は改めて深々と頭を下げる。


 この間、体感にすると数分……。

 司会席から驚きの言葉が発せられる。


「えー、名誉校長。ありがとうございました。これにて、第31回一ツ橋高校。通信制コース、春期卒業式を終了します」


 ファッ!?

 早すぎる。まだ始まったばかりじゃないか!


 驚きのあまり、その場で固まる俺とは対照的に、辺りにいたお偉いさん方は席を立ち始める。


「今年の福岡校は早かったですな」

「まあ、どうですか? 中洲なかす辺りで一杯?」

「ふぇふぇ……福岡のキャバクラは、レベルが違いますからのう」


 あの爺さんも参戦するのか。

 ていうか、なに。この卒業式!?


  ※


 辺りにいた一ツ橋高校の関係者や教師たちも、パイプイスを畳んで直し始めた。

 生徒たちも黙って、それを手伝う。


 壁一面にかかっていた、紅白幕も下げられ、大きなガラス窓から日差しが差し込む。

 マジで終わりなの?

 ひとりで困惑していると、目の前に大きな男が現れた。

 リキ先輩だ。

 

「タクオ、ちょっと来い!」

 何やらおっかない顔で、こちらを見つめている。

「は? どうしてだ? 卒業式が終わったなら、俺たちも帰るんだろ?」

「バカ言うなよ! お前には、まだやることが残っているじゃねーか!」

 めっちゃ怒ってるやん。

 どうしたの、リキ先輩たら……。


「一体、何を言って……」


 言いかけている際中で首根っこを捕まれ、強引にステージ裏へと連れて行かれる。

 舞台幕の中に入ると、そこには一人のバニーガール……じゃなかったバニースーツを着た男の子が立っていた。

 コスプレ好きの住吉 一だ。

 俺の顔を見て、なぜか「ひっ!」と悲鳴をあげる。


「あ、あの……新宮さん。服を脱いでくれますか?」

 答えようとしたが、リキが乱暴に地面へ落としたため、尻もちをついてしまった。

「いてて……なんなんだよ、お前ら」

 理解が追いつかない俺に対し、二人は何も答えてくれず、とにかく服を脱げと言う。

 当然それを拒むと、ムキになったリキが、力まかせに俺のスーツをビリビリに破ってしまう。

 

「ふ~! ふ~! タクオが悪いんだぜ? 言うことを聞かないから……」

 人をパンツ一丁にさせて、酷い言いようだ。

 まさか、この二人。グルになって俺を前からも、後ろからも襲う気かっ!?


「新宮さん。ごめんなさい……だけど、こうしないとダメだから。目をつぶっていてください」

「え……」


 リキの大きな手によって、視界がブラックアウトしてしまう。

 一体、何が起きているんだ?

 微かに聞こえてくる一の声を頼りに、頭の中で想像してみる。


「んしょんしょ……新宮さんのは、結構ノーマルサイズだから、これでいいかな?」

 何やらゴソゴソと音が聞こえてくる。

「大丈夫だって、一。タクオの尻なら初めてでも余裕で入るだろ?」

 ファッ!?

 まさか、リキのやつ、まだ俺を狙っていたのか。

「ですよね♪ ちょっとキツくても、新宮さんなら喜んでくれますもんね」

 いや……キツいのは無理。


 しばらくすると、リキが手を離してくれた。

 目の前には、ニコニコと微笑む一。


「うわぁ! カッコイイですよぉ~ やっぱりサイズ合ってましたね、リキさん」

「おお~ マジで似合っているぜ、タクオ! ちょっと感動してきたわ……」


 なぜか目に涙を浮かべるリキ。


「二人とも……一体、何をしたんだ?」

 俺がそう問うと、一が嬉しそうに答えてくれた。

「頼まれていたんです。新宮さんのタキシードを……僕が作らせていただきました」

「へ?」


 視線を下に落とすと、確かに先ほど着ていたスーツより、豪華なジャケットにパンツ。蝶ネクタイ付で全身、真っ白。

 この格好は、まるで……。

 

 俺が首を傾げるていると、リキが後ろから背中を押してくる。


「ほれほれっ、主役はさっさとステージに戻るんだな」

「ちょっ! やめろよ……」


 リキに言われるがまま、会場に戻ると。

 先ほどまで、卒業式だった場所とは思えないぐらい色が変わっていた。

 今着ているタキシードと同様のカラー。全てが白に染まっている。

 

 生徒たちが座っていた席も、白い木製の長イスに変えられている。

 左右に並べられた座席の間には、同系色の布が敷かれていた。

 バージンロードってやつか。

 

 そして俺のすぐ前には、見慣れた顔が並んでいた。

 卒業式に参加していなかった、うちの家族。

 親父と母さん、二人とも綺麗に着飾っている。

 普段汚い格好をしている六弦のくせして、モーニングコートなんか着ている。

 母さんも黒の留袖。


 もちろん、妹たちも座っている。

 通っている高校の制服を着たかなでと、幼いやおいを抱っこするばーちゃんまで。

 まあやおいは、ばーちゃんにBLマンガを読ませてもらっているのだが……。


「よぉ! タク、待ってたぜ!」

「親父……なんで、ここに?」

 俺の問いに、目を丸くして答える。

「なんでって……呼ばれたからだろ? お前の結婚式に」

「はっ!? 結婚式?」


 その言葉に動揺していると、司会席からアナウンスが流れる。


「え~! 新郎の琢人くんは、ステージに上がるようにっ!」


 振り返ると、宗像先生がこちらを睨んでいた。

 顎をクイッと動かし、無言の圧をかけてくる。

 黙ってステージへ上がれということか……。


「じゃあ、タクオ。俺たちは後ろで見ているから、しっかり男を見せろよなっ! あの動画以上を期待しているぜ!」

 と親指を立てるリキ。

 俺ひとり残して、一と後ろの席へ去っていく。


 よく見れば、後方の席には親交のある生徒たちが座っていた。

 花鶴 ここあ。千鳥 力。トマトさん、妹のピーチ。日田の兄弟。

 それに腐っている職場仲間と、編集長の倉石さんまで。


 どうして……みんな集まっているんだ?


 まだ頭が混乱しているが、とりあえず宗像先生が怖いので、従うことに。

 ステージへ上がるため、階段を登る。


 そこで待っていたのは、ひとりの白人男性。

 金髪のガッチリした中年。

 見たところ、牧師のようだ。


「ドーモ。今日はよろしくデス。結婚式を任せられたロバートと申しマ~ス」

 とニッコリ笑って見せる。


 ん? この白人、どこかで見たことあるような……。

 あっ! 別府温泉で宗像先生を娼婦として一晩買った変態だ!


「ミス・蘭に頼まれて、今日は牧師をやりマ~ス♪」

「……」


 牧師ってチェンジできないのかな?

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