第460話 愛さえあれば、性別とか関係ないよね!


「た、タクト……入るからね?」

「おう」


 緊張から生唾を飲み込む。

 このドアが開いたら、ミハイルが立っている。

 彼と別れて、何十年も経ったような感覚だ。

 それだけ、ミハイルがいない時は辛く、耐えられないものだった。


「久しぶり。タクト☆」

「み、ミハイル……」


 金色の長い髪は、首元で結い、纏まらなかった前髪を左右に垂らしている。

 肩だしのロンTを着ていて、中には黄色のタンクトップが見える。

 ボトムスは、デニムのショートパンツ。

 そして、細く長い脚……と表現したかったが、ここまでだ。


 なぜかと言うと、肌の色が美しくない!

 ミハイルの……透明感のある白い肌ではなく。ちょっと肌が焼けている。

 太ももには青あざが目立つ。


 足元も、若者らしい真っ白なスニーカーを履いているが。

 違和感が半端ない。


「タクト☆ 事故だって聞いたから、心配で来たんだよ!」

「あ、そう……」

「どうしたんだよ~ オレが来たのに、嬉しくないの?」


 俺のベッドに近寄るとしゃがみ込み、上目遣いで話す。

 人工的に作られた、エメラルドグリーンの瞳を輝かせて。


「嬉しいですよ。すごく」

「なんで、けーごを使うんだよぉ~! オレたちマブダチだろぉ~!」


 ポカポカと俺の胸を殴ってみせるアラサー女史。


 そうだ。こいつはミハイルとは、程遠い生き物だ。

 よく見れば、金髪の長い髪はヅラだ。

 そりゃそうだろ。今のミハイルは、ショートカットだし。

 ファッションも彼に寄せてはいるが……デカすぎる胸で、パツパツだ。


 あ~、マジで女じゃなかったら、ボコボコに殴ってたわ。

 人の純情を弄びやがって。



「宗像先生……これは一体なんの授業ですか?」

「え? 何を言っているの、タクト。オレは心配だから、病院に来たんだよ☆」

 このクソ教師、まだ続ける気か。

「もうそのお芝居は不要です。バレてますから」

「チッ……なんだ。もうバレたのか」


 そう言うと先生は、被っていた金髪のヅラを脱ぎ、簡易ベッドに腰を下ろす。

 目につけていたカラコンを外すと、身体を横にして休む。


「はぁ~ せっかく新宮が元気になるよう、わざわざコスプレしたのにな」

「色々と無理がありましたよ。ミハイルはもっと可愛いですっ!」

 これだけは、語気を強めてしまう。


「あっ? 私が可愛くないってか?」

「いや……そう言う意味じゃなくて」

「フンッ! でも、これで少し分かったんじゃないのか?」

「え? 何がですか?」

「新宮、お前の気持ちだよ」

「俺の……?」


  ※


 ヅラとカラコンを外したから、顔だけは宗像先生に戻っている。

 だがファッションは、ミハイルのままだ。

 正直、服のサイズが全て小さいから、パツパツ。

 ショーパンからは、紫のレースがはみパンしている……。

 しんどっ。


 しかし先生は、そんなことは気にせず、真面目な顔つきで俺に語りかける。


「なあ、新宮。お前と古賀がこういう関係になった原因は何だ?」

「え、原因って……」

「問題が起きたとしてだ。必ず何らかの原因があるはずだ。告白は古賀からしたんだろ?」

「そうです。でも、女じゃないから付き合えない……と断りました」

「ふむ……そこじゃないか? お前たちが歪み始めたのは?」

「へ?」


 何か思いついたようで、急に簡易ベッドから立ち上がる先生。

 そして、病室の窓に近づき、オレンジ色に染まった夕陽を見つめる。


「女だったら付き合える……という、新宮の答えがまず有り得ない」


 なんて、格好をつけているが、デニムから尻がはみ出ているので辛い。

 でも真面目に考えているから、とりあえず黙って話を聞こう。


「新宮が古賀のことを『カワイイと思ったから』と言ったことから、始まったんだよな……。まず同性に対して、こんな感情を抱くことがおかしくないか?」


 そう疑問を抱くと、先生は急に振り返る。

 何かに気がついたようだ。


「あ、あれは……」

 

 言葉に詰まる。

 だが先生の言う通りかもしれない。

 でも、このままでは俺がノン気じゃないみたいだ。

 否定しておこう。


「あ、あの時はミハイルが……まだ女だと思い込んでいたから、そう感じたし。本人にも言ってしまいました。でも同性と分かったからには……」

「分かったから、古賀の告白を断ったのか?」

「はい……」

 

 なんだか俺が責められているようで、胸が痛む。


「しかし、女に生まれ変わったら付き合える。とも言ったな」

「そうです……」

「新宮。そんなことを他の男たちに言えるか? クラスメイトの千鳥や日田兄弟でも良い。想像してみろ。私が同級生の日葵ひまりやヴィクトリアに告白されたら、嘔吐している可能性が高い」


 先生に言われて、頭の中で想像してみる。


『なあ、タクオ! ほのかちゃんにまた振られたんだ……だから、一晩だけでいいから、なっ!』

『そ、そんなこと……やめっ、ダメだってば』


 リキなら、別府温泉で処女を捧げたから、一晩ぐらい許してもいいような。

 って、ダメダメ!

 俺はノンケだ。



「あ、有り得ないです……ミハイルはカワイイから、女装も受け入れられたと思います」

「そうか。となると、もうあまり考えなくて良いんじゃないのか? 新宮、お前は間違いなく、入学式で古賀 ミハイルを見て、カワイイと思った。これに間違いはないな?」

「間違いありません……」

「ならば、それが真実なのだろう。きっとアンナという女が生まれたのは、新宮の照れだな」

「て、照れですか?」

「そうだ。お前は男の古賀に告白された時、自分をノンケだと信じたいから、照れ隠しをしたのだろう。初めての経験だから、仕方ないと言えばそうなるが……」


 何故か、宗像先生の言うことに反論できない。

 もちろん、納得はしていないが。

 だが、当たっていると思ってしまった。


「新宮。別に、誰が誰を好きになっても良いじゃないか。もっと自分の気持ちに、素直になったらどうだ? お前は自分にも古賀にも嘘をつき、傷ついた。ならもう、どうでも良くないか?」

「何がですか?」

「ま、世に言う。ゲイだの、バイセクシャルだの……ってやつだ」


 実質、俺がノンケじゃないと宣言されたようなものだ。

 確かにずっと認めたくなかった。

 初めて好きになった相手が、男だなんて。


「じゃあ俺は……」

「そこで自分を否定するな。私が言いたいのは、新宮が誰を好きかって話だ」

「俺が好きな相手?」

「うむ。お前がこの世で一番、カワイイと思った相手だ。ここが重要なポイントじゃないか」

「カワイイ……」


 そう言われると、一番最初にカワイイと思ったのは。

 俺が決断する前に、先生は俺の肩を掴み、優しく微笑む。


「新宮。大事なのは愛だ。この世は全て、愛で形成されている」

 何をいきなりスケールのデカい話にすり替えているんだ?

「愛?」

「そうだ。愛さえあれば、お互いの相性さえ合えば……全てを乗り越えられるのだ!」

「つまり……先生が言いたいのは、性別の壁も」

「うむ、玉と竿。あと尻さえ揃えば……とりあえず十分だろっ!」

 と親指を立てるクソ教師。


 せっかく何かを掴みそうだったのに……台無しになってしまった。

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