第458話 生まれ変わり


 宗像先生は今夜から早速、この個室で寝泊りするそうだ。

 部屋には、折り畳み式の簡易ベッドが備えてあり、それを使うらしい。


 俺が意識を取り戻して、数時間経ったが……。

 先生以外、誰も部屋に訪れることはなかった。


「そういえば、先生。家族以外は面会禁止なんですよね?」

「ああ、それがどうかしたか?」

「どうかしたって……なんで、他人の先生が来ているのに。俺の家族は見舞いにすら、来ないんですか」

「え? それはアレだろ? お前のお母さんが、育児で忙しいからだろ?」

「い、育児……?」


 一体、誰を育児しているってんだ。


「お前の妹さん。大変なんだろ?」

「妹って……かなでは、もう高校生ですよ。一人で色々とやれますよ」

「違うよ。そっちの子は養女だろ? 最近、産まれたもう一人の方だよ」

「は……?」

「なんでも、18年ぶりのお産だから、大変だったそうじゃないか。今は、中洲のおばあちゃん家でお世話になってるらしいな」


 ちょっと待ってよ。

 誰の子?

 母さんが妊娠していただと……。


 そういえば、最近母さんの姿を見ないと思っていたが。

 まさか、里帰り出産だったのか?


 当たり前のことだが、どうしても疑いがあったので、質問してみた。


「その妹って、父親は誰ですか?」

「はぁ? そりゃ、お前のお父さんだろ。名前もお父さんが決めたって聞いたぞ」


 ファッ!?

 六弦の野郎……たまに帰って来て、激しく愛し合っていたと思ったら。

 ちゃんと、避妊しとけよ! ガキじゃないんだから。

 一体、何を考えているんだ。あの親父。


「へ、へぇ……それで名前は?」

「うむ。やおいちゃんって言うらしいぞ」

「……はぁあああ!?」


 これには入院中の俺でも、ブチギレてしまった。


「なんだ? いきなりうるさいな。可愛らしい名前じゃないか」

 どこがだ! その名前でよく役所に通ったな。

「先生は意味を知らないからでしょ? 子供につける名前じゃないですよ!」

「そうか? でも、戸籍上は“やよい”らしいぞ」

「な、なら、どうして……?」

「やよいって呼びかけると、泣き叫ぶそうだ。そこで、おばあちゃんがやおいちゃんと言ってみたら、落ち着いたそうだ。だから、やおいと呼ぶことにしたらしい」

「……」


 ばーちゃん、もうやめてよ。

 これ以上、被害者を増やさないで。


 その後、宗像先生から詳しい話を聞くと。

 母さんは実家の中洲で、寝込んでおり。

 代わりに、ばーちゃんが俺の妹であるやおいのお世話をしているそうな。


 なんて、かわいそうな妹だ。

 きっと今頃、ばーちゃんお手製のBL絵本で洗脳されているに違いない。


  ※


 それから数日後。

 宗像先生は、スクリーングのために一度、学校へ行くことになった。


 折れた脚や傷を治すのも当然だが。

 それよりもまずは、ちゃんと食事を取れるようにならないと。宗像先生からきつく注意された。


 だが……ベッドテーブルに置かれた病院食は、一切手をつけていない。

 病院の食事だから、薄味というのもあるが。

 それよりも、まだ胸の痛みが激しく、喉を通らない。


 部屋の奥から、扉をノックする音が聞こえてきた。

 若いナースさんが、新しい点滴の袋を持って、問診に訪れた。

 俺が未だに食べられないので、栄養を補う点滴は外せないらしい。


「あらぁ、また食べてないじゃない。ミハイルくん、ダメでしょ!」

「すみません……」


 俺が病院に担ぎ込まれた際、ずっとミハイルの名を呼び続けていた為、そのまま登録されてしまった。


「そんなんじゃ、また高校の先生に怒られるよ? ずっと看病してくれる良い先生じゃない~ 今時あんな教師いないよ」

「はい。頭では分かっているんですけど。どうしても食べられないんです……」

「困った子ね。あ、違ったらごめんね。ひょっとして、恋わずらいとか?」


 ギクッ! なぜ女性には、すぐにバレるんだ?


「その……はい」

 もうめんどくさいので、認めてしまった。

「はは、若いねぇ。いいなぁ~ ならちゃんと、相手に想いを伝えるためにも、しっかり食べなきゃ」

「がんばります」

「そうだよ。健康になったら、当たって砕けておいで♪」


 なぜ、砕ける前提なの?

 看護婦だってのに、酷くね。


「じゃあ、また何かあったら言ってね。食べられるようになったら、点滴の交換も無くなるから。あ……それとさ、ミハイルくんって、全然ハーフぽくないね」

「……」


 当たり前だろ。


  ※


 夕方になり、宗像先生が病院に戻ってきた。

 かなり不機嫌そうだ。眉間に皺をよせ、簡易ベッドにダイブする。


「あ~、疲れたぁ」

「お疲れ様です。どうでした?」


 特に悪気はなかったのだが、その言葉で先生に火がついてしまう。


「どうかしただと? 新宮っ! 全部、お前のせいだ!」

「え、俺の?」

「ああ……これを見てみろ」


 先生は自身のスマホを、ベッドテーブルの上に置いて見せる。

 

 画面を確認してみると、遠くから誰かを撮影した写真だ。


「あ、アンナ……?」


 ツインテールの金髪美少女が、ベンチに座っている。

 前回、俺とサンドイッチを一緒に食べたあの場所だ。


 ひとり、しかめっ面で何かを咥えている。

 チェック柄のミニワンピースに、リボンのついたローファー。

 相変わらずガーリーなファッションで、可愛らしい。


 しかし問題がある。

 その態度だ。


 女装している時は、完全に女として演じるのがアンナだ。

 だが、この写真ではガニ股で、パンツが丸見え。

 今日は白か……じゃなかった。

 なんでこんなにガラが悪いんだ?


「せ、先生……これは一体?」

「見りゃわかるだろ? タバコを吸っているんだよ」

「なっ!?」


 もう一度写真を確認すると、口に咥えているのは白いタバコだ。

 当然、火がついている。

 

「どうしてタバコを吸っているんですか!? ミハイルはもう喫煙者じゃないですよ!」

「そんなのものは、私が知りたいぐらいだ。あんなに素直で可愛い古賀だったのに……。新宮が事故で一ヶ月以上、入院。面会もできないと伝えたら、一気にグレてしまったんだ!」

「えぇ……」


 その後、先生に「もう一枚の写真も見てみろ」と言われたので、画面をスワイプしてみる。

 全日制コースの男子たちが、アンナを囲み。

 何やら、いやらしく笑っている。


「古賀がパンツ丸見えの状態で、タバコを吸っていると話題になってな。三ツ橋高校の生徒たちがナンパに来たのだ」

「そ、それで?」

「答えは最後の写真を見ろ」


 恐る恐る、次の写真を見てみると。


 ボコボコにされた全日制コースの男子たちが、アスファルトの上で倒れていた。

 可愛らしいツインテールの少女が、体格の良い少年の胸ぐらを掴んで、睨みつける。

 そして、少年の瞳に向かって、火のついたタバコを近づけようとしていた。


「私が止めなかったら、危なかったぞ」

「え……?」


 宗像先生は咳ばらいした後、ブリブリした女を演じてみせる。


『ねぇ☆ あなたの瞳、涙でいっぱいだから。このタバコの火を消すのにちょうど良いよね☆』


 と脅したらしい。


「新宮、やはりお前らはどちらが欠けると、全然ダメだ。さっさと身体を治せ!」

「は、はい……」

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