第五十三章 ヘタレ主人公改造計画

第456話 ダークナイト、死す。


 アンナが戻って来て、10日経った。

 優しい彼女は手作り料理を、毎日自宅へと持って来てくれる。


「早く元気なタッくんを見たいな☆」


 と1日に2回も、重たい圧力鍋を抱えて、玄関のベルを鳴らす。


 俺はその姿を見る度に、罪悪感を感じていた。

 彼女の優しさに、応えられていないから……。


 最初の頃は喜んで、アンナの手料理を口の中に放り込んでいたが。

 今となっては……彼女の作る早さに、俺が追いつけなくなり。

 冷蔵庫やリビングのテーブルを、埋めてしまうほど残っている。


 また感じなくなった。

 大好きなアンナの料理でさえ、味がしない。

 食べても、数口でお腹がいっぱい……いや、胸が痛む。


 そのせいで、体重は上がるどころか。また下がっていく。

 ついに50キロを切ってしまい、今の体重は48キロだ。


 ガリガリに痩せてしまったせいで、春だってのに寒気を感じる。

 新聞配達もバイクが重すぎて、ふらついて運転するから危険だ。

 


 俺はこれから一体どうしたら、良いのだろう?

 失って気がついた事と言えば……ミハイルが必要だってことだ。

 だからといって、アンナの存在を否定し、彼を呼び戻すなんて……。

 また傷つけてしまう。


「ダメだな……俺は」


 自室で一人、学習デスクに座り、天井を見上げる。

 

 今年の春から俺は、妹のかなでと別室になった。

 かなでが国立の名門高校へ合格したから、そのお祝いらしい。

 親父が使っていた書斎に、かなでは移動した。


 二段ベッドも二つに分けて、大量の男の娘グッズも移動。

 各部屋にはプライベート空間として、扉に鍵をつけてもらえた。

 だったら、もっと早く配慮して欲しいものだ。


 こんな風になる前に……。


 天井にはビッシリと並べられた少年たち。

 ブロンドのハーフで、緑の瞳を輝かせている。

 この世に一枚しかない、アイツの写真だ。


 A4サイズに拡大コピーして、部屋中の壁に貼っている。

 部屋全体をミハイルで包み込むことで、安心する。


「もう、会えないのかな……」


 写真にそう問いかけても、彼は答えてくれない。


 食べられない日々が続くが、最近は睡眠もろくに取れていない。

 瞼の下はクマが酷く、どう見てもヤバイ顔つき。


 それでも、仕事は始まる。

 スマホからアラームが鳴り響き、新聞配達の時間だと知る。

 仕方なく、家を出て自転車を走らせると。

 地元、真島の新聞配達店へ向かった。


  ※


 大量の新聞紙を丸めて、バイクの荷台へと積み込む店長。

 俺の顔を見て、何故かため息をつく。


「琢人くん……一体どうしたの? 最近、おかしいよ」

「いや、ちょっと色々あって……」


 店長とは小学校からの付き合いだが、未だにアンナのことは話せていない。


「う~ん、実はさ……最近、お客さんからの苦情が多いんだよ」

「え? 俺にですか?」

「そうなんだよ……琢人くんもこの仕事、長いからさ。僕は信用しているんだよ? でもね、配達ミスが多いんだ。君が担当している、エリアからの苦情がすごいんだ」

「知りませんでした。す、すみません……」


 優しい店長のことだ。俺がミスした軒数を、隠しているのだろう。

 きっと、10軒以上はあるな。

 クソッ……配達ミスなんて、したことないのに。


「琢人くん、何か悩みがあるんじゃないの? 良かったら、僕に話してよ。君をこのまま、配達に行かせていいものか……とても不安なんだ」

「そ、それは……いえ。大丈夫です! 今日こそ、ちゃんとやって見せますので!」

「本当なんだね?」

「はい……」


 初めて店長の怒っている顔を見た気がする。

 きっと俺が悩みを、店長に打ち明けないから、心配しているのだろう。


  ※


 その日の配達は、何時になく慎重に行った。

 何度も何度も、配達先の家を確認し、ポストに入れた後も戻って見たり。

 2時間で終わるはずの仕事に、3時間も使ってしまった。

 それだけ、参っていたのだと思う。


 配達を終えるころには、もう朝になっていた。

 いつもなら、まだ薄暗い道路を走っている頃なのに……。


 でも、今日は間違いなくミスをせず、仕事を終えられただろう。

 安心していた。


 あとはこのバイクを配達店まで走らせ、店長に報告すれば、家に帰られる。

 すごく疲れた……。

 帰ったら、ぐっすりと眠れそうだ。


 閑静な住宅街をバイクで走っていると、何時になく、車が多いことに気がつく。

 そうか……もう朝の7時だから、通勤ラッシュか。

 国道に入ると、渋滞が起こっていた。


 しかし、俺はバイクだから、道路の隙間を走れば良い。

 さっさと渋滞を抜けて、帰ろうと思ったが。

 最後に大きな交差点を右折しなければ、いけなかった。


 ただでさえ、みんなイライラしている通勤ラッシュ。

 無理して右折しようとすれば、反対側からクラクションを鳴らされる。

 信号が黄色になったら、ゆっくりと曲がろうと待っていたが。


 俺の後ろにいた車から「早く行けよ!」と怒号が聞こえてきた。


「ちっ、何を生き急いでいるんだか……」


 仕方なく、右折しようとした時。

 ちゃんと辺りを、確認していてなかったのだろう。

 視界に入っていなかった。


 横断歩道を、若い母親と男児が歩いている。

 このまま曲がれば、彼らに激突してしまう。


 俺は咄嗟にブレーキをかけて、急停止した。

 その間に親子は横断歩道を渡り、ホッとしていると……。

 巨大なトラックがこちらへ向かってくる。

 運転しているおっさんが、一生懸命、なにかを伝えようとしているが。

 こちらには、聞こえない。

 一瞬の出来事だった……。

 

 それからの記憶は、とても曖昧で。


 アスファルトの上で倒れている俺と、ぐしゃぐしゃになった愛車。

 たくさんの人が、地べたに寝転がっている俺を囲む。


 みんな青ざめた顔で、俺に声をかけていた。

 ただ、何を言っているのか、サッパリ分からん。


 気がつけば、頭に白いヘルメットを被ったお兄さんたちが登場。

 俺を担架に乗せて、どこかへ連れて行く。


 けたたましいサイレンと共に、その車は発進する。


 薄れゆく記憶のなか、最後にその名を口にした。


「ミハイル……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る