第447話 ミハイル病


 ミハイルらしき人物から、何度か反応はあったが……。

 肝心の本人が、学校へ来ることはない。


 彼がいないスクリーングなんて、何も楽しくない。

 俺の方こそ、そう感じてしまう。


 第二回目の試験も、ミハイルのことで頭がいっぱいだった。

 そのため、問題を解く余裕など無い。

 延々と、空欄を『ミハイル、ミハイル、ミハイル……』と埋めていく。

 自分の出席カードにまで、古賀 ミハイルと書いてしまったらしい。


 代理で試験を、受けている状態。

 見かねた宗像先生が「今日はもういいから、帰れ!」と、俺を教室から追い出してしまう。

 後からテストを郵送するから、気持ちの整理がついたら提出するように言われた。


 俺はもう抜け殻だ……。

 アイツが隣りにいないと、何も出来ない人間なんだな。


  ※


 それから1ヶ月が経ったころ。

 俺の体重は、5キロ近く減ってしまう。

 固形物を何も口にしていないから……。


 ただ、色々と試してみたところ、一つだけ食べられるものがあった。

 博多銘菓の『白うさぎ』だ。

 去年の夏。

 別府温泉に旅行へ行った時、偶然ミハイルの股間を見てしまった。


 彼の股間は、“パイテン”で手乗りぞうさん……いや、可愛らしいうさぎさんだった。

 それを思い出した俺は、インターネットで箱買い。


 夜な夜な自室で一人、学習デスクに座ると。

 二台のモニターに、たった1枚しかないミハイルの写真をコピーさせ、ウインドウを10個も並べて表示させる。

 それを眺めながら、マシュマロ生地の白うさぎを口に放り込む。


「甘い……ミハイルの……」


 と写真の中の彼を、見つめるのだ。

 特にデニムのショーパン。チャックの辺りを。


 食事は取れないが、この白うさぎならば、口に入る。

 もう30箱は空けたと思う。



 そんなことをしていると。

 机の上に置いていたスマホが、振動で揺れる。

 まさかと思い、画面を確認すると、ため息が漏れた。

 電話をかけてきた相手が、期待外れだから。


「も、もしもし……」

 体重が一気に落ちたこともあってか、声を出すのがやっとだ。

『へ? DOセンセイの電話番号であってますよね? なんかゾンビみたいな声なんですけど』

「悪かった……な」

 突っ込む元気すら無い。

『一体、どうしたんですか? 死期が近いんですか? ところで、頼んでいた原稿はどうなりました? もう一ヶ月近く待っているんですよ!』

「実は……全然書けてない」


 相変わらず、スランプ状態に陥っていた。

 俺はミハイルに絶交宣言をされて以来、小説を書くことが出来なくなった。

 速筆だけが売りだったのに……。

 ED作家になってしまった。


『えぇ!? 早出しのDOセンセイにしては珍しい! どうしてですか? ひょっとして、アンナちゃんとケンカでもしました?』

「そ、それは……」

 宗像先生やここあのように、事情を知らない白金にどう説明したらいいものか。

 俺が困っていると、白金の方から先に答えてくれた。


『話し方から察するに、どうやらスランプ状態のようですね……。そうだ、明日。久しぶりに打ち合わせをしましょう! 博多社で。DOセンセイが必ず元気の出る朗報を用意していますので!』

「はぁ……」

『未完成でも良いので、原稿も持って来てくださいね! ブチッ!』


 相変わらず、電話の切り方が雑な奴だ。


 ~次の日~


 俺は言われた通り、天神にある博多社へと向かった。

 よろよろとビルの中に入る俺を見て、受付男子の一が駆けつける。

 肩を貸してくれ、エレベーターまで連れて行ってくれた。


「だ、大丈夫ですか? 新宮さん、フラフラですよ」

「ああ……」


 心配そうに上目遣いで、俺を見つめる。

 この隣りが、アイツだったら、どれだけ満たされるのだろう……。


 俺は断ったが、どうしても心配だからと一緒にエレベーターへ乗り込む。

 ボタンも彼が押してくれ、スマホで白金に連絡を取る。

「もしもし? あ、あの新宮さんの具合が悪いので、すぐに来てください!」

「……」

 俺も随分と、弱くなったものだ。

 

 編集部へ着くと、担当編集の白金が待っていた。

 変わり果てた俺の姿を見て、驚きを隠せない。


「え、本当にDOセンセイですか!? ミイラみたい……」

「……それより、打ち合わせだろ?」

「そうですけど……」


 あのアホな白金でさえ、この姿を見て言葉を失っていた。


 一は、白金に俺を託して、その場を去っていく。

 ただ帰りも心配だから、声をかけてくれと言われた。

 今の俺は、よっぽどやつれて見えるようだ。


  ※


 辺りを見回す元気はなかったが、編集部は今まで見たことないぐらい、活気づいていた。

 見知らぬ若い社員が書類を持って、社内を走り回っている。

 

「それで……今回の打ち合わせってのはなんだ?」

 かすれた声で、問いかける。

「あ、DOセンセイに、ずっとご報告したいことがあったんですよ!」

「報告? お前の結婚が決まったのか? 詐欺にあってないか?」

「違いますよっ! “気にヤン”のアニメ化が決まったんです!」

「は?」

「おめでとうございます。DOセンセイの作品が、動くアニメになるんですよ♪」

「……」


 実感が湧かない。

 俺の小説が、アニメ化だと?


「それからですね。もう一つ、ビッグニュースがあるんですよ!」

「はぁ……」

「ヒロインのアンナ役に、YUIKAちゃんが起用されるんです! すごくないですか!?」

「え、何が?」

 まともに食事を取っていないせいか、ちゃんと内容が頭に入ってこない。


「何がじゃなくて。あのYUIKAちゃんが、DOセンセイのヒロインに、命を吹き込んでくれるんですよ! 嬉しくないんですか!? 永遠の推しでしょ?」

「あぁ……そう言えば、そうだったな」

「ちょっと! なにサラッと話を流しているんですか!? 夢だったでしょ。アニメ化した暁には、アフレコ現場に行って。YUIKAちゃんとツーショットを撮るのが!」

「そんなことも、あったな……」


 激しい温度差に、戸惑を隠せない白金。


「えぇ!? ちょっと、どうしたんですか!? YUIKAちゃんのために、一ツ橋高校へ入学し、ラブコメを書き始めたんでしょ!」

「そうだったけ……あんまり覚えてないや……」

「ま、マジで言ってます? 頭がおかしくなってません?」


 白金に指摘されるまで、気がつかなかった。

 今の俺は……頭の中がミハイルでいっぱい。

 他の人間が、入り込む余地など無いことに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る