第五十一章 暗黒時代

第445話 復活のダークナイト


 ミハイルが退学を申し出て、二週間が経とうとしていた。

 宗像先生と別れる際。


「とにかく新宮。お前は楽しそうにしていろ。それが重要だ」


 なんて言われたが、そんな風に気持ちを切り替えられたら。どんなに楽だろう。

 確かに宗像先生のツボッターへ反応した相手は、ミハイルに似ていたが……。

 断定は出来ない。


 それでも、第2回の期末試験はやってくる。


 毎日、胸が痛む。

 彼から「絶交だ!」と叫ばれた日から、俺の胸に空いた大きな穴は、塞がらず。

 日に日に、広がっていくような気がした。

 そのせいか、飯もろくに喉を通らず。


 体重は減る一方だ。

 口にするものと言ったら、ブラックコーヒーのみ。

 栄養を考えて、砂糖を少しだけ入れている。

 

 この前のスクリーングから、憔悴しきった俺を見て、あの母さんや妹のかなでまで心配してくれた。


 でもその優しさが、更に俺の傷を広げてしまい、痛みが増す。

 きっと、この穴を塞げるのは……アイツだけだ。



 正直、学校なんて行きたくなかった。

 でも宗像先生に言われているし。俺が楽しく振舞っていれば、ミハイルが戻って来るかもしれない。

 

 魔法瓶にホットコーヒーを注ぎ、リュックサックを背負うと、地元の真島駅と向かった。


  ※


 学校へ着くと玄関で、一人のミニスカギャルに出会う。

 ミハイルの親友でもある、花鶴 ここあだ。

 寒いのに、相変わらず露出度の高い服装。

 だが、そんなこと。今の俺にはどうでもいい。


 あまり話したくないと思って、静かに立ち去ろうとしたその時。

 俺の存在に気づかれてしまう。


「あ、オタッキーじゃん! あけおめじゃね?」

「……」


 いや、この前の試験でも会ったんだけどな。

 俺って、やっぱりミハイルがいないと、幽霊みたいな存在なんだな。


「てか、痩せた? めっちゃ頬がこけているんだけど? ダイエットとか?」

「……いや、違う。色々あってな」

 かすれた声で答える。

 久しぶりに人と話すから、上手いこと言葉が出ない。


「ふぅ~ん。あのさ、最近ミーシャも見ないよね? 風邪とかかな?」

「み、ミハイルは……」


 その名前を口から発した瞬間。

 胸が激しく痛む。

 あまりの激痛に、息が荒くなり。その場に立っていられなくなる。

 2週間も飯を食ってないこともあり、ふらついてしまう。

 近くにあった下駄箱に、もたれかかる。


 それを見たここあが、血相を変えて、俺の肩を掴む。


「ちょ、ちょっと! オタッキーてば。どうしたの!? 倒れそうじゃん!」

「俺の……せいなんだ。ミハイルが学校へ来られなくなったのは……」

「え? ミーシャと何かあったん?」


 弱音を吐いた途端、涙が頬を伝う。

 この二週間、ずっと誰かに話を聞いてほしかったから。


  ※


 ここあが気を使ってくれて、誰もいない3階の教室で話をしようと、提案してくれた。

 誰もいない教室の中、ふらつく俺が心配だと、イスに座らせられる。

 目の前の机に腰をかけ、俺が話すのを待つここあ。


「で、何があったん? ケンカ?」

「ケンカというか……もっと複雑な事情だ」

 俺がそう答えると、彼女は鋭い目つきで睨む。

「ねぇ、前からやってたミーシャの女装が関係してんの? あれで泣かせたら、オタッキーでも許さないかんね!」

「……それが関係している」


 そうだった。

 ここあは、友情を何より大事にする人間だった。

 特に幼馴染でもあるミハイルを、傷つけたら、俺でも殴られるだろう。


 でも、今の気分なら、こいつに殴られても構わん。

 俺がミハイルを、傷つけたのは事実だし。

 それらも覚悟して、俺はここあに説明をはじめる。


 最初は眉間に皺を寄せて、俺を睨んでいたが。

 素のミハイルを抱きしめたこと。それからキッスまでしようとした……全部、話し終えるころには、何故か嬉しそうに笑っていた。



「これが全部だ。だから、あいつは退学という選択肢を取った。全部、俺が悪い」

 一応、ダチでもあるので、頭を下げておく。

 しかし、ここあは何も言わず。

 俺の肩に優しく触れ「話してくれて、ありがと」と礼を言われた。

 これには、俺も驚く。


「どういうことだ?」

「それってさ。あーしだけに、話してくれたんでしょ?」

「ああ……宗像先生には相談したが」

「じゃあ、ダチのなかでは一番だ♪」

 なぜか勝ち誇ったような顔をしている。


「怒らないのか? お前のマブダチを女装までさせて……傷つけた俺を」

「ん~ あーしは女装とか、同性愛っての? 正直、わかんないから、どうでもいいっていうかぁ」

 おい。勝手に人を同性愛者にするんじゃないよ。


「つまり、どういうことだ?」

「オタッキー的には、女装していない素のミーシャが、好きだってことでしょ?」

「う……」

 改めて、人に言われると恥ずかしいな。

「ならさ。あーしも手伝うよ! ミーシャを学校へ戻すこと!」

「へ?」

「あーし的には、オタッキーとミーシャがくっつくのは、すっごく嬉しいかな♪」

「……」

 なんか勝手に、俺とミハイルが付き合う前提で、外堀を埋められているような。


  ※


 俺はこの前、宗像先生が話してくれたアドバイスを、ここあにも説明する。

 具体的にどうやって、学校を楽しむのかが、分からない。

 

 しかし、ここあはそれを聞いて何かを思いついたようだ。

 胸の前で、手をパチンと叩く。


「なるほどね! 宗像先生のいうこと、分かるかも!」

「?」

「要は明るく楽しそうなオタッキーを見たら、ミーシャも一緒に遊びたくなるじゃん!」

「そ、そうか?」

「うんうん! だからさ、いっぱい写真を撮ろうよ♪ 学校で!」

「……え?」


 ここあが言うには、学校内で色んな友達と写真や動画を撮って、SNSに投稿すれば、ミハイルが見ている可能性がある……らしい。

 しかし、身バレとかの危険性があると、断ろうとすると。


「ねぇ! 本気でミーシャを取り戻したいんでしょ!? 身バレとか、どうでも良くない! オタッキーの愛って、そんな小さなものなん!?」


 と机を思い切り、拳で殴りつける。

 これには、俺も恐怖を感じた。

 やはり腐っても、伝説のヤンキーだ。


「わ、悪い……アカウントを作ればいいんだろ?」

「そうそう♪ てかさ、オタッキーは作家なんだから、ペンネームで作りなよ」

「まあ、そうだな」


 SNSは見る専で、創作アカウントなんて、作っていなかったが。

 ミハイルのためだ。身バレ、炎上覚悟でやるか……。


 DO・助兵衛で、全世界に向けて発信とか、黒歴史だけど。

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