第437話 縛りプレイ


「タクト……あなたったら、いつもいつも。アンナのことしか、考えていないの!?」


 文字通り、俺にマウントを取ったマリアが、上から睨みつける。

 逃げたいところだが、両手が手錠で拘束されているため、身動きがとれない。

 脚は、自由に動かせるようだが……。

 この手錠を外さないと、どうにもならない。


「ま、マリア……この手錠を外してくれないか? なんで、こんなことをするんだ?」

「絶対に嫌よ! あなたが……あなたが悪いんじゃない! う、うわぁん!」


 怒ったと思ったら、急に泣き出した。

 一体、どうしたんだ?

 普段から強気の彼女にしては、珍しい。


「ヒック……」

「泣いているのか?」

「私だって……女の子なのよ……」


 そう言うと、マリアは俺の胸に飛び込む。

 きっと泣いている顔を、見せたくないからだろう。


「マリア。すまんが泣いている……傷ついた理由を教えてくれないか? 説明してくれないと分からん」

「ばかっ! 気がついてよ。私の気持ちに……」


 そんなエスパーじゃないんだから。

 分かるかよ……。


  ※


 しばらく、俺の胸で泣き続けるマリアだったが。

 落ち着きを取り戻したようで、顔を上げると、枕の上にあったティッシュボックスを手に取る。

 鼻をチーンとかみ、涙も拭く。

 まるで、子供のようだな。


 俺は手錠をかけられているから、一切手を貸せないが。


 丸めたティッシュをゴミ箱に投げ捨てると、マリアは再び、俺の元へ戻ってきた。

 俺の腹に跨り、ゆっくりと腰を曲げる。


「タクト。私、正直悔しいの」

「へ?」


 優しく俺の頬に触れるマリア。

 両手で大事そうに撫でる彼女は、とても穏やかな顔つきだ。


「あの女。アンナよ。私だって、あなたに認めてもらうため。手術だって、美容だって……それこそ、ペドフィリア体型を維持するのには、苦労したわ」

「……」

 まだその体型を維持しているのか。

 あんまり無理すんなよ。


「帰国してタクトが小説家として、デビューしたから。すぐ結婚できると思ったのに。気がついたら、私そっくりのヒロインがあなたを奪った……」

「いや、アンナは、ちょっと違う理由で……」

 と言いかけている最中に、マリアが叫ぶ。


「それよ! どう考えてもタクトの中で、特別な存在になっているもの!」

「……」

 しまった。ここは黙って彼女の考えを聞くべきか。


「悔しい……。うらやましいとも思っているわ。だって……どんなに頑張ってもあんなこと、私にはできないもの」

 そう言って、指をさした方向には、先ほどまで着ていたメイド服とスクール水着が。

 まあ……マリアの性格じゃ、無理だろうね。


「私だって、アンナみたいに素直な性格だったら……きっとタクトを夢中にできるんでしょうね」


 気がつくと、マリアは自身の額を、俺の額に重ねていた。

 彼女のおでこから、熱を感じる。きっと泣いたからだろう。


 目の前に二つ並ぶ、ブルーサファイア。

 なんてキレイな瞳だろう。


「絶対、あなたを奪われたくない……私にとって、タクトはヒーローだもの……」


 と言いかけたところで、瞼を閉じるマリア。


「おい。マリア?」

「……すーすー」


 寝ちゃったよ。

 ていうか、このあと俺は一体どうしたらいいの?

 手錠があるし、マウントを取られた状態なんだけど。


 ~3時間後~


 あれから、マリアはすぐ俺から離れてくれた。

 いや正しくは、転げ落ちたと言うべきか。


 なぜならば、マリアの寝相は相当に酷かった。

 今も俺の隣りで、ゴロゴロとベッドの上で運動会を繰り広げている。

 左右に行ったり来たり。


「ぐはっ!」


 真ん中で寝ている俺の身体目掛けて、全身でタックルされる。

 ミハイルと同等の馬鹿力だから、既に俺の身体は青あざでいっぱい。

 その痛みに耐えるのも、怖いが。


 彼女の寝顔も呪いがかかったようで、恐怖しかない。

 白目をむいて、口を大きく開けている。

 起きているわけじゃないのに、瞼が全開でホラー映画のようだ。


「すーすー……」


 寝息が聞こえてくるので、やはり夢の中だろう。

 マジで怖いよ。マリアの寝顔。


  ※


 一睡も出来なかった。

 マリアの寝相によるタックルも痛かったが、何回か脚をバタバタとさせて、かかと落としを食らったから……。

 寝ているからわざとじゃないが、股間ばかり狙われた。

 あまりの激痛に、泡を吹き出すところだったぜ。


 ラブホテルでは、プライバシーを守るため? なのか。窓は全て謎の板で覆われている。

 そのため、外の景色は確認することができない。

 だが、きっと夜は明けているだろう。

 外から、ゴミ収集車の「グイーン」という機械音と、作業員の声が聞こえてきた。


 隣りで白目を向いているマリアに声をかける。


「おい、マリア! いい加減、起きろ! もう朝だぞ!」


 何度か彼女に声をかけたが……なかなか起きてくれなかった。

 憶測だが、マリアも一応、社長だ。

 また徹夜で仕事を頑張っていたのかもしれない。


「……う、うぅん」

 ようやく気がついたようだ。

 しかし、まだ瞼は全開で、白目。

 怖すぎ!

「マリア。朝だぞ。そろそろ起きて手錠を外してくれ! トイレにも行きたいし」

「あ、タクト……ごめんなさい。私ったら、寝ていたのね」

 ここで、白目がぐりんとブルーサファイアへと入れ替わる。


 意識を取り戻したマリアだったが、昨晩、取り乱したことを今更になって、恥ずかしくなったようだ。

 頬を赤くしたと思ったら、枕を抱えて、顔を隠してしまう。


「た、タクト。私の寝顔とか見た? よだれとか垂らしてない?」

 そんな可愛らしい女の子じゃなかったよ。

 ホラー映画を見ているようだ……とは言えんな。

「ああ……よだれなんか、垂らしていなかったぞ」

 俺がそう言うと、ホッとしたようで、嬉しそうに微笑む。

「良かったぁ。タクトにそんな恥ずかしいところを見られていたら、お嫁にいけないもの」

「……」


 結構すごいものを見せてくれたよね。

 じゃあ、もうお嫁に行けなくていいのかな?

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