第431話 忘れたころにやって来る……。


 色々と問題はあったが……。

 アンナとの初詣は、どうにか無事に終わりを迎えた。

 故郷である真島駅へ列車がつくと、和服姿の彼女に手を振る。


「またな、アンナ」

「うん☆ 今日すごく楽しかったよ。改めて、今年もよろしくね☆」

「ああ、また今年もたくさん取材しような」


 バイバイとは言わず、お互い笑顔で手を振る。

 別れが惜しいけど……少しぐらいは我慢しないとな。


 彼女が乗る列車は発車し、その姿が小さくなるまで、手を振り続けた。


「さ、俺もそろそろ帰るか」


 ここでアンナとの余韻を、楽しむつもりだったが……。

 我が家へ帰るってことはまだ親父がいるんだ。

 もう夕方だし、さすがに夫婦の時間。終わってるよね?


  ※


 自宅の裏側に回り込み、玄関のドアに手をやる。

 恐る恐るドアノブを回すと、中から男の声が聞こえて来た。


「あぁ~ いいよぉ~ 琴音ちゃん!」


 親父の声だ……まさか、商売道具である美容院を使って、プレイ中なのか?


「やっぱりの琴音ちゃんが一番だわ~」

「もう六さんたら、いつもそう言ってくれるけど。他の人に浮気してないの?」

「するわけないだろ……こんなテクは琴音ちゃんだけなんだから、ああっ!」


 親父の喘ぎ声を聞いた俺は、即座に店の中へと駆け込む。

 そこは腐っても、普段お客さんが、母さんに髪を整えてもらう場所だから。


「おい! あんたら、いい加減にしろよ!」


 威勢よく、怒鳴り込んだのは良かったが。

 俺が目にした光景は、予想していたものとは全然違う。

 母さんが痛いBLエプロンを着て、親父の長い髪をハサミで切っていたから……。


「おう、タク。おかえり。アンナちゃんだっけ? 初詣どうだった?」

 ケロっとした顔で、そう言う親父。

「ああ……うん。楽しかったよ」

「そうか。なら良かったぜ。俺の着物も似合ってんじゃねーか。へへへ、初孫を期待してっからな!」

 このクソ親父。

 アンナとは、お孫さんを作れません。



 そのあと、母さんから事情を聞くと。

 どうやら親父は、普段髪を切らないらしい。

 ヒーロー業が忙しく。金もないため。

 長い髪は放置して、ああなったようだ。


 そして、もう一つ。

 夫婦の間にルールがあるようで、母さん以外の美容師には、髪を切らせないそうだ。

 だから、たまに帰って来た時。

 母さんがしっかり短く整えるのだとか。

 でも、また帰ってくるころには、肩まで伸びているだろう。


 変わった夫婦だな。


  ※


 部屋に戻り、着物を脱いで、部屋着に着替える。

 パソコンを起動し、今日収穫した和服アンナの写真を整理する。


「またフォルダが、一つ増えてしまったな……」


 これで脳内における「あ~れ~」劇場が楽しめるというものだ。

 そう思うと、笑いが止まらない。


 鼻息を荒くしながら、モニターを眺めていると、机の上に置いていたスマホが鳴り始める。

 相手がアンナだと思い込んでいた俺は、名前も確認せず、電話に出る。


「もしもし? アンナか? 今日は楽しかったな」

『……』

 ん? どうしたんだ。黙り込んでいる。

「おい、アンナ。どうした? やはり身体を冷やしたのか?」

『身体を冷やしたですって……?』

 普段、優しく話してくれる、愛らしいアンナの声ではなかった。

 今にも凍てついてしまいそうな、冷えきった声。


「え……アンナじゃないのか?」

 恐る恐る、スマホを耳から離し、画面を確認したら。

 着信名はマリアだった。

 気がついた時には、もう既に遅かった。


『身体を冷やしたって……タクト。あなた、まさか元旦から、ラブホテルへ行っていたの!?』

 酷い誤解をされてしまったようだ。

「ち、違うぞ! 断じて、そんなことはしていない! その……アンナとは、初詣に行っていただけだ」

『初詣ですって? どうせ、あのブリブリアンナだから、露出度の高いミニスカとかで行ったんでしょ?』

 アンナに対するイメージって、そんなにアホっぽいの?

 ちゃんと、和服を着ていたけどなぁ……。


 

「と、ところでマリア。一体、何の用だ?」

 俺がそう問うと、彼女は怒りを露わにする。

『なにがですって!? それは、タクト。あなたがやった大罪のことに決まってるでしょ!』

 随分、興奮しているようだ。声が震えている。

「え? 俺がマリアに? なにかしたのか?」

『とぼけないで、ちょうだい!』

「いや……本当に言っている意味が、わからないのだが」


 マリアの怒っている理由がわからないので、謝罪するにもできない。

 その態度が、更に彼女を興奮させてしまう。


『まだわからないの!? あなた、去年ラブホテルに2回も行ったそうじゃない!?』

「え!? なんで……そのことを」

『全部、タクトの小説に書いてあったわよ! 忘れたの!?』

「あ……」

 

 ヤベッ、去年に同時発売された”気にヤン”の2巻と3巻のことだ。

 3巻はただの腐女子が成り上がるだけだから、放っておいて……。


 問題は、2巻だ。

 2巻の内容は、サブヒロインである赤坂 ひなたをメインキャラとして、登場させた。

 見せ場として俺が、三ツ橋高校の福間 相馬から、彼女を助け出し。

 事故とはいえ、ラブホテルに入るというシーンがある。

 まあ、ラストにアンナと一緒にコスプレパーティーをするのだが……。


「その、あれはちょっと色々あってだな……」

『タクト。言ったわよね? ホテルでそういうこと、したことはないって。あれは嘘だったの!?』


 これは、しくじった……。

 作品をリアルに仕上げるため、起きた出来事を細かく書いたつもりだ。

 しかし、それが墓穴を掘ってしまうとはな。

 

 だが、俺はひなたやアンナと、大人の関係に至っていない。

 あくまでも、ラブホテルへ入っただけだ。

 だって、まだ童貞だもん。お尻の処女は、リキに奪われたけど……。


「待ってくれ、マリア。確かにラブホテルへ行ったことを黙っていたが……何もしていない。ひなたは事故で、アンナとは取材だ」

 言っていて、苦しい弁解だと思った。

『ラブホテルへ行って、何もしないカップルなんているの?』

「そ、それは、比較する相手がいないから、分からんが……」

『ふ~ん……』

 電話の向こう側で、眉間にしわをよせるマリアの顔が想像できる。



『まあ、いいわ。なにもしていないようだし……』

「そ、そうか! なら今度、どこかへ取材に……」

 と言いかけたところで、マリアが俺の声を遮る。


『そうね。婚約者である私を差し置いて、ラブホテルへ行ったことは許さないわ。だから、記憶の改ざんをしましょう』

「へ?」

『明日、私とラブホテルへ行きましょう♪』

「ウソでしょ……」


 もちろん、拒否権はなかった。

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