第430話 もう一人の四天王


 ばーちゃんがデザインしたBLイラストのせいで、辺りにちょっとしたギャラリーが出来てしまった。

 俺を見ているわけではない。

 あくまでも、俺の背中。

 着物の中でイカされた漢に、注目が集まっている。


 その人だかりを見て、アンナも驚いていた。

「え? なにこれ……みんながこっちを見てる」

「すまん。どうやら、俺の着物が気になるようだ。ほら、背中にばーちゃんが、イラストを刺しゅうしたからさ……」

 彼女に背中を見せてやると、「あぁ~」と納得していた。

「タッくんのおばあちゃんって器用だもんねぇ。すごいよ~ マネできな~い☆」

 あなたは真似しなくていいです。絶対に。


 

 最初の頃は、ノンケじゃなかった……一般の人々。

 耐性のない人たちが、それを見て言葉を失ったり。吐き気を催すこともあった。

 しかし、噂を聞きつけた一部の女性陣が、スマホを持って撮影会を始めやがる。


「すごい! 神絵師!」

「これ……どこかで見たことなかったけ?」

「Oh my God!! Isn't that a phoenix?」

(なんてことだ! あれはフェニックスじゃないのか?)



 ん? 最後の人って、外国人か?

 あ、そうか。きっと遠い国から、日本へ旅行に来たというのに……。

 お正月から汚いものを見せられて、ショックを受けたんだろう。


 悪いことをしたなと、振り返ってみると……。


 背の高い白人男性がこちらを指差して、口を大きく開いていた。

 かなり驚いている様子で、隣りにいたパートナーの女性の肩を激しく揺さぶる。


 何が起きた分からない金髪の女性が、男性の指さす方向に視線を合わせると。


「It's God……」

(神だ……)


 二人して、手で口を塞ぎ。お互いの顔を確かめている。



 一体、何が起きたんだ……と思っていたら。

 白人の男性が、こちらに近づいてくる。


「あの……チョット。良いデスか?」

 カタコトだが、日本語を話せるようだ。

「はい? なんでしょう?」

「そ、その……着物デスが。どこで買ったのデスか?」

「へ?」

「ワタシたちは、アメリカから旅行に来ました。クリスマスをコミケで祝おうとしたからデス」

「はぁ……」

 なんだよ。アメリカからやって来たオタクくんじゃん。

 ったく、ビビらせんなよ……。

 

「あなたの着物。フェニックスのデスよね?」

「え、フェニックス……?」


 それを聞いて、すぐに察した。

 ばーちゃんの和服って、海外のお客さんにも売っているんだった!

 店の名前も『腐死鳥フェニックス』だし……。


  ※


 白人男性の彼から、ばーちゃんのブランドが、母国で大人気だと教えてもらった。

 粋な着物に卑猥なイラストが、プリントされているのが斬新で。バカ売れしているらしい。

 それで、彼の隣りに立っている女性は、アメリカの腐女子らしく。

 コミケのあと、初詣に筥崎宮へ来たら、俺の着物に目がいったそうだ。


 やっぱアメリカにもいるのか……腐女子って。


「それで、どこに行けば。買えますデスか?」

 彼氏の方は日本語を話せるようだが、彼女さんは無理みたいだ。

 ニコニコと笑ってはいるが、俺の答えを黙って待っている。

「あ、えっとですね……」

 俺が孫だということは伏せて、説明を始める。


 中洲なかす川端かわばたの商店街に行けば、ど真ん中にあるし。

 看板も派手に『腐死鳥』と書いてあるから、間違えることはない。と伝えた。


 それを教えると、彼氏さんは大喜び。

「ありがと、ございます! あなたはホントーに優しいデスね! わたしたち、ついてます! BL界のシテンノウがひとり。”キクのモンドコロ”に会えるのデスから!」

 それを聞いた俺は、頭が真っ白になる。

「え……あの、今BL界の四天王って言いました?」

「ハイ! アメリカでも有名なインフルエンサーなのデェス! BLグッズを作らせたら、世界一の人デス!」

「……」


 BL界の四天王。

 もう一人は、うちのばーちゃんだった……。


 聞いてもいないのに、彼氏さんはスマホを取り出し、自身のフォローしているインスタを見せてくれた。

 確かに『腐死鳥 phoenix』という名前で活動している。


 しかしだ……四天王の名前だよ。

 娘がケツ穴 裂子。

 母親が、菊の紋所って酷すぎだろ。


 ただの下ネタじゃねーか!


 ツボッターで検索したら、すぐにヒットした。

 フォロワーも500万人を超える、世界的な有名人。

 我が家から、どんだけの恥部を晒す気なんだ……。

 これ以上、デジタルタトゥーばかり、生み出すのは止めて欲しい。

 

「はぁ……」

 うなだれる俺とは対照的に、アンナは嬉しそうだ。

「タッくんのおばあちゃん。有名人なんだね☆ なんだか自分のように嬉しいな☆」

「ははは……そ、そうだね……」


 アンナの前では、気丈に振舞っていたが。

 どうしても、気持ちの整理がつかず。

 彼女に一言。「トイレに行きたい」と伝えて、その場を離れる。


 トイレの個室に駆け込むと、ひとりで壁を殴りながら、泣き叫ぶ。


「クソがぁっ! なんで、俺ばかりこんな目にっ!」


 このあと、落ち着くために、30分を要した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る