第426話 BLはエロ本じゃない。アートだ!と母が言っておりました。


「うまい……」


 新年初めて、口にしたのは暖かい汁。

 ミハイルが作ってくれたお雑煮だ。


 魚のかつおなど一切、入っておらず。

 彼が熱弁していたものは、福岡県の特産野菜で。

 かつお菜という、緑色の小松菜みたいなものだ。


 ひと口食べてみたが、特に辛くもないし、苦くもない。

 だが、風味というか……だしとして、良い野菜だと感じる。


 気がつくと、頬から涙が溢れ出る。


「こんな……優しい料理は、久しぶりだ」


 愛情たっぷりのお雑煮と豪勢なおせち料理が、とても嬉しかった。

 作ってくれたのは、男だけど。

 それでも、こんなに愛を感じる食事は、生まれて初めてだ……。



 正月といえば、家族でおせち料理を囲み、みんなで仲良く喋りながら、ゆっくり過ごす。

 そんなドラマみたいなお正月は、我が家にはない。


 リビングで一人、ミハイルが用意してくれたお雑煮を暖めて、静かに食べる。

 そばには、誰もいない。


 妹のかなでは、受験勉強でダウン中。

 久しぶりに帰ってきた親父だが……。


 廊下の奥にある書斎で、一晩中『母さんの相手』をしている。

 もう朝の10時だってのに、終わる気配がない。

 こっちにまで、聞こえてくる始末。



「琴音ちゃん! 今年もよろしくぅ!」

「あああっ! あけおめっ、ことよろ~!」

 なんて酷い新年の挨拶をしているんだ。この夫婦は……。

「最高だよ、琴音ちゃん! 18年前を思い出しちまうよ!」

 子供を使って、興奮するとか最低な親父だ。

「六さん、私。もう……壊れちゃうぅぅぅ!」

 とっくの昔に、壊れてるだろ。



 この叫び声と激しい振動で、俺はろくに眠れなかった。

 かなでも、うなされていたから、親父と母さんのせいだろう。


「あほらし……」


 餅を咥えて、箸で伸ばしてみる。

 久しぶりに食う雑煮だから、喉に詰まらせないよう、慎重に食べていたら。

 テーブルの上に置いていたスマホが鳴る。


 甲高い声で歌を唄うのは、アイドル声優のYUIKAちゃんだ。

 年末に発売した新曲、『ピーカブースタイル』。

 今回の曲は、なんとYUIKAちゃんがラップにチャレンジしている。

 最高かよ。


 と曲を楽しんでいる場合ではない。

 着信名は、アンナだ。


「もしもし?」

『あ、タッくん! あけましておめでとう☆』

「おお……そうだったな。おめでとう。今年もよろしく」

 我が家では、こんな新年の挨拶もしないので、動揺してしまう。

『うん、よろしくね☆ ところで、タッくんは今日、家族と過ごす感じ?』

「え、俺が家族と?」

『だってお正月だからさ。普通はみんなで一緒に初詣とか』

「ああ……そういう話か……」


 アンナに指摘されるまで、全然思いつかなかった。

 そうだよな。

 普通の家族なら、みんなで初詣とかするもんね。

 俺ん家が、おかしいんだよ。


 赤ん坊の頃から、コミケに連れて行くような家庭だ。

 1歳になった時。“選び取り”をさせられたらしいが。

 普通は、そろばんとお金か、筆を選ばせるのに……。

 お袋とばーちゃんのいたずらで、百合とBLの同人誌を並べられ。

 見事、BLを掴んだという、写真を見せられた時は絶句した。



『もしもし、タッくん? 大丈夫、なんか息が荒い気するけど……』

 電話の向こうで心配しているアンナが、想像できた。

「はぁはぁ……すまん。嫌な過去を思い出してしまったんだ」

『え? お正月にあまり良い思い出がないの?』

「ま、まあな。うちはちょっと変わっているから」

『ならさ。アンナと今日、いい思い出を作ろうよ☆』

「へ?」

『初詣に行こうよ☆』

「あぁ……初詣か。そうだな、行ってみるか」

 俺がそう答えると、アンナは嬉しそうに笑う。


『やったぁ~☆ タッくんと初詣だぁ。お母さん達とどこかに行くんじゃないかって、不安だったから、嬉しいな☆』

「そんな気を使うなよ。アンナの頼みなら、いつでも大丈夫だ」


 だって、うちの親だよ?

 未だに廊下の奥から、喘ぎ声が止まらないんだ。

 むしろ、すぐにでも家から飛び出たい。

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