第411話 願いごとは一つまでが良い。


 エレベーター前に、スチュワーデスみたいな制服を着たお姉さんが2人立っていた。

 俺たちは左側のお姉さんに案内されたので、そちらへと向かう。

 先ほど買った入場券を渡すと、ニッコリと笑ってくれた。


「どうぞ、福岡の空をお楽しみください♪」


 なんて営業スマイルを見せてくれたが……。

 果たして、今日の曇り空で福岡を一望できるのやら。


 博多タワーは全長234メートルもある巨大な建物だが。

 地上1階から、エレベーターで昇ると、展望部は3階までだ。


 高速のエレベーターに乗ることによって、物の数分で目的地に着く。

 急激な気圧の変化により、耳が詰まってしまう。

 まあ唾を飲み込むことで、不快感はすぐに解消されるのだが。


 着いた階層は、展望部の3階。

 俺たち民間人からすれば、博多タワーで入れる一番高い場所。

 あとは階段を使って、下の階に降りれば、予約しているレストランがある。

 ま、ここはとりあえず、福岡を360度の大パラノマを2人で楽しむとしよう。


 タワーに来た事がないアンナは、窓に手をつき「うわぁ、すごぉい☆」と驚いていた。

 俺も彼女と肩を並べ、久しぶりの福岡を眺める。


「曇っていたから、心配だったが……思ったより綺麗に見えるもんだな」

「うん☆ すごいね! タッくんは、お母さんと来た事があるんでしょ?」

 と緑の瞳をキラキラと輝かせる。子供のように。

「ああ……」

「その時も2人で、この風景を楽しんでいたの? タッくんが住んでいる真島はあそこだよね☆」

 そう言って、一生懸命アンナは我が故郷を指差してみる。

「うん……間違ってないと思う」

「どうしたの? 何回か、お母さんと来たんでしょ? ひょっとして、もう忘れた?」

「いや、今でも鮮明に覚えているさ」


 ここから見える風景よりも、当時、流行っていた二次創作を……。

 主に男の裸体ばかりで、汗だくで汁だくのやつ。

 俺はこんな観光スポットでさえ、母さんにより、洗脳されていたんだ。

 

  ※


 展望部を一回りして、福岡の景色を楽しむ。

 タワーの中も、今日は客が少なく感じた。

 おかげで、アンナとのデートをゆっくりと楽しめるから、良いとは思うが。


 一周回ったところで、奥の方に何やら、小さなツリーが飾られていた。

「なんだろね、あれ」

 興味を示したアンナが近寄ってみると、制服を着たお姉さんが星の形をした色紙いろがみを差し出す。

「ただいま、クリスマスのイベント中でして。お客様もツリーへ願い事を書かれていきませんか?」

 ずいっと営業スマイルで迫られた。

 笑顔が怖いんだよな。

 しかし、アンナはその提案を快く承諾。

 というか、ノリノリで2人分の星をお姉さんに要求した。


 お姉さんから色紙をもらったアンナは、1枚俺に突き出す。

「タッくん。お願いを書こうよ☆ サンタさんが願いを叶えてくれるかもしれないよ☆」

「ああ……構わんが」

 サンタさんって、小さな子供限定じゃないの?



「ううむ……」

 ツリーの近くに置かれたデスクの上で、1人唸る。

 いきなり願い事と言われても、特にない。


『母さんが早く枯れますように』


 一番最初に浮かんだのは、これだが。

 しかし、願いではないな。

 重たい症例だから、医者が必要として。


『来年もアンナと一緒にいられますように』


 これが妥当か……でも、なんかこれにも違和感を感じる。

 もうひとり、追加したくなってきた。

 その名は……。


「タッくん! 書き終わった!?」


 隣りで書いていたアンナが、急に身を乗り出す。

 そして、俺の色紙を覗き込んだ。

 咄嗟に俺は両手で、願い事を隠す。


「なっ!? こういうのは、勝手に見るもんじゃないぞ!」

 焦りから怒鳴る俺を見て、アンナはうろたえる。

「ご、ごめん……どうせツリーに飾るから、見てもいいのかなって……」

 と小さな唇を尖らせる。

 ま、可愛いから許そう。

 咳ばらいをして、話題を変えてみる。


「おっほん! そういうアンナの願いはなんだ?」

「え、アンナのお願い? そんなの聞かなくても、わかるでしょ☆」

「へ?」

「タッくんと、ずぅーーーっと一緒に、何があってもいられますように。だよ☆」

 と恥じらうことなく、俺に色紙を見せつける。


 マジだ。一言一句、間違っていない。

 しかし……アンナが書いた色紙は、1枚だけではない。

 追加でお姉さんに、もう1枚貰っていたから。


「なあ、その願いはとても嬉しい。俺も同じ願いだからな」

 それを聞いたアンナは、ぱーっと顔を明るくさせる。

「ホント!? タッくんも気持ちが一緒なんだね☆ すごく嬉しい!」

 手を叩いて、その場でぴょんぴょんと跳ねてみせる。

「それは同感だ。しかし、アンナのもう1枚ってなんだ? 良かったら見せてくれるか?」

「え、もう1枚? いいよ☆ はい!」


 そう言って、アンナはニコニコと笑いながら、俺に色紙を見せてくれた。


『赤坂 ひなた。坊主頭になれ!』

『北神 ほのか。さっさと、リキくんとくっつけ!』

『長浜 あすか。炎上してアイドル廃業。高校からも退学処分』

『冷泉 マリア。シンプルに死ねっ!』


「……」


 こんな呪いみたいな願い事を、福岡のてっぺんに飾ってもいいのか?

 明日はイブだから、カップルとか家族連れも来るのに……。

 アンナは悪びれることもなく、ニコニコと微笑んでいる。


「タッくんの願いもアンナと同じなんでしょ?」

 なんか彼女から、すごくプレッシャーを感じる。

「う、うん……ほぼ同じだと思います」

「良かったぁ~☆ タッくんとは嫌いなものが同じで嬉しい☆」

 全く一緒ではないってば……。

 

 願い事を一緒にツリーへ飾りつける。

 アンナには見せなかったが……俺の本当の願いは。


『来年もアンナと一緒にいられますように』


 一見、その文章で終わりに見えるが、続きがある。

 本当は「ミハイル」という名前も追加したのだが、恥ずかしくて、下手なイラストで上書きした。

 よく見れば、彼の名前だと分かるが……まあ、書いた俺しか、気がつかないだろう。


 ツリーに色紙を飾りつけながら、なんだか頬が熱くなる。

 なんで、ダチの名前を書いてんだって。


 先に飾りつけを終えたアンナが、俺の顔を横から覗き込む。


「タッくん? なんか顔が赤いよ。寒いの?」

「あ、いや……ちょっと、な」

 本人が隣りにいるので恥ずかしい。

 そして、これを願い事として、たくさんの人々に見られると思うと……。

「ちゃんとお願いが叶うと、いいね☆」

「うん……そうだな」


 俺は一体、何を望んでいるんだ?

 アンナとミハイルは、同一人物なのに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る