第400話 チキンタクト


 突如、現れたマリアによって、会場は静まり返ってしまう。


「今日は婚約者として、タクトの学生生活を知りたく……一ツ橋高校に見学へ来ました」

 

 勝気な彼女とは思えない振る舞いだ。

 でも、俺の級友がいるからと、気を使っているだけだろう。

 その証拠に、2つのブルーサファイアの輝きは色あせない。

 何十人もいる生徒たちの中から、すぐに俺を見つけ出す。

 

 他の生徒たちなんて、気にもせず、こちらへと真っすぐ向かってきた。

 そして、俺の左隣が空いていることに気がつくと、ゆっくり腰を下ろす。


「ちょっと、早いけど……メリークリスマス♪ タクト」


 至近距離からのウインク。

 可愛い……けど、反対側から物凄い殺気を感じるので、何も言えない。


「ガチガチッ……勝手にタクトの隣りに座りやがってぇ!」


 両手に花だけど、生きた心地がしない!

 あ、ミハイルは男か。


  ※


 マリアの登場により、ムードが悪くなってしまったが。

 そこへ宗像先生が、彼女の事情を説明してくれた。


 マリアは俺の幼馴染で、前からずっと一ツ橋高校への見学を希望していたこと。

 そして、今日は誰でもクリスマス会に参加していいと、ツボッターで連日、宣伝していた。

 なんだったら、親や兄弟でも良かったとか。


 続いて、もう一人。パーティーに参加する人間を呼び出した。

 卑猥なコスプレイヤーの住吉 一だ。

 自分からサキュバスの衣装を着ているくせに、身体をくねくねとさせ、恥ずかしそうだ。


「あ、あの……住吉ですぅ…。きょ、今日はみなさんとご一緒に、楽しみたいと思います!」


 彼が自習室に入ってきた瞬間、身を乗り出すのは女子生徒たちだ。真面目な方の。


「なに、あの子!? めっちゃスケベやん!」

「撮影いいのかな……なんか興奮してきた。触っていいの?」

 ダメに決まってんだろ。

 しかし、そこへ割って入るのは、怪しく眼鏡を光らせる一人の女子だ。

「みんな! ダメよ! 彼はリキくんの所有物だからね! お触りは絶対にしたらイケないわ。ここは少し離れて見つめるのが、道理ってもんよ! 尊い光景が拝めるのだからっ!」

 それを聞いた他の腐女子たちは、納得したようで、頷いていた。

 キモッ……。


  ※


 女性陣の注目は、一気にマリアから一へと変わってしまったが。

 依然として、俺の周りだけは、殺気だっている……。


「ねぇ、タクト。この料理は誰が作ったの?」

 と紙皿にチキンを載せて、フォークで突っつくマリア。

「え? それか? 全部、ミハイルが作ってくれたんだ」

 そう言って、身を引き、右隣に座るミハイルを改めて紹介する。

 しかし、彼は背中を丸めて、膝の上で拳を作っていた。

 ギロッと鋭い目つきで、マリアを睨む。


「へぇ……本当にあなたが作ったの?」

「そうだよ。まずいとか、言いたいのかよ!?」

「いいえ。正直、驚いてたの……」

「は? なにが?」


 フォークを持ち上げて、自身の小さな口でチキンを頬張る。

 瞼を閉じて、味をかみしめているようだ。


「本当に……美味しい、と思って」

「なっ!?」

 その言葉にミハイルも驚いていたが、俺も彼女らしくない態度だと思った。

 ハイスペックなマリアのことだ。

 全ての料理に文句をつけそうなもんだと、思っていたが。


「古賀 ミハイルくんだったわね? こんなに料理が上手なのに、男なんて……勿体ないわね」

「はぁ!? 男だって、料理できた方がいいに決まってんじゃん!」

「いえね……あなたほどのルックスを持っていて、料理までこんなに上手な女の子だったら……。良いライバルだったろうにと思ったのだけど」

 言い終える頃には、口角を上げて、勝ち誇ったような顔つきで、ミハイルを見つめる。

「べ、別におまえに食べさせるために、がんばったわけじゃないもん!」


 そうは言っているが、エメラルドグリーンの瞳には、大きな涙を浮かべていた。

 心底、悔しそうだ。

 性別の壁だけは、どうにも出来ないからな。


 震えるミハイルの白い手を見て、俺は……優しく握ってあげたい……。

 と心では思っていても、行動に移すことは出来なかった。

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