第399話 高校が宣伝しないとダメな時代なんすね……。


 トイレから戻ってきた一は、何故かスッキリした顔でニコニコと笑っている。


「はぁ……リキ様のマッサージで、日頃のストレスが全てなくなりました♪」

 とハンカチで手を拭いている。

 一体、彼にナニが起きたんだ?


 そんなことより、気になることがある。

 一ツ橋高校の関係者でもない彼が、この校舎にいたことだ。


「なあ、一。お前、なんでこの高校にいるんだ?」

「あ、それでしたら、“ツボッター”を見て来ました。今日はクリスマス会なので、生徒じゃなくても遊びに来ていいと……」

「え? ツボッターに?」

「はい、こちらです」

 そう言って、自身のスマホを見せてくれた。


 SNSのツボッターだ。

 アカウント名は、一ツ橋高校、福岡校。(公式)


 だが、高校の写真なんて、一切載っていない。

 アイコンは、ウインクしている宗像先生の顔。

 ヘッダーも高校とは無関係の写真。

 際どい水着を着て、事務所のソファーで寝そべるアラサー教師……。

 どこかのピンク系アカウントみたい。


 そして、一週間前ぐらいから、宗像先生が毎日呟いていたようだ。

 見学も兼ねて、今年最後のスクリーングに、クリスマス会をやるから、遊びに来て欲しいと。

 


「なるほどな……だから、一はここに来たのか?」

「はい! リキ様にお会いしたいし、まだイブじゃないですけど。クリスマス会ですから、気合を入れて、コスを着て来ました!」

 聖夜にサキュバスかよ。

「てことは、お前。ずっとそのコスでここまで来たのか?」

「はい。電車を使ってきましたよ♪ 途中、何人か知らないお姉さんに、身体を触られたりしましたけど」

「そ、そうか……」


 まあ、リキ様に汚れを落としてもらったから、良いんだろうな。


  ※


 授業が全て終わり、俺とリキは宗像先生に言われて、ミハイルの手伝いをすることになった。

 クリスマス会をやる場所は、1階の玄関奥。

 入学式の時に使用した自習室だ。


 基本、一ツ橋高校が使っていいのは、2階の事務所と、この自習室だけだ。


 机を全て、後ろに片づけ、イスだけを並べる。円を描くように。

 こうすることで、自ずとお互いの顔を見られるように……と、宗像先生が提案したのだ。

 俺とリキは黙って、それに従う。


 宗像先生と言えば、ミニスカのサンタコスを着て、場を盛り上げようと必死だ。


「よし、ここはクリスマスぽい曲でもかけてやるか。最近の若い奴らは何が好きかな? アレか。『ワモ』の『ラズド・クリスマス』がいいよな」


 そう言って、教壇の上にラジカセを置き、名曲を流し始める。

 しかし、一緒に飾りつけを手伝ってくれた男子生徒たちは、この曲を知らないようで、無反応だ。

 黙って机を片づけたり、イスを出してくれたり……。

 鼻歌でクリスマス気分を味わうのは、宗像先生のみ。


 かわいそう……。まあ俺はあの曲、好きだけど。


 中央に机を4つくっつけて、テーブルクロスをかける。

 そこへミハイルが調理したオードブルを並べてくれた。


 朝5時から作っているということもあって、いつもより豪華だ。

 ローストチキン、ミートパイ、ビーフシチュー。パエリア、チーズフォンデュ。

 それにスイーツとして、ブッシュ・ド・ノエルまで……。


 こんな出来る嫁、他にはいないぜ。

 おまけに可愛いし、一緒になれたら、毎日この料理を食えて、ヒップも触り放題か。

 キッチンで調理するミハイルを後ろから、邪魔したいものだ。色んなことをして……。



 30分後。ようやくパーティーの会場が完成した。

 黒板にはチョークで大きく『第31回、一ツ橋高校。クリスマス会』と書かれている。

 女子も協力してくれたから、辺りの壁は色とりどりの折り紙で作られたハートやサンタさん。星なんかも飾られている。

 ついでに、宗像先生が「近所のゴミ置き場から拾ってきた」とボロいクリスマスツリーまで。

 中央に並べたテーブルに、ミハイルの作った料理やスイーツが並べば、そこだけ別の空間。

 豪華なクリスマスパーティーのはじまり。


 ミハイルの作った料理を囲うように、円状に並べられたイスへ各々が座る。

 そして、紙皿を手に持ち、オードブルから好きな料理を移す。

 席に戻り、みんな口に入れた瞬間、優しい笑顔になる。


「おいしぃ~! 古賀くんの料理、レベチだよね」

「ほんと。作り方、教えて欲しいぐらい」


 それを聞いたミハイルは、俺の隣りで「うんうん」と頷く。

 本当にこいつは、ヤンキーのくせして、人に美味しいものを食わせるのが好きなんだな。

 でも、なんかムカつく……俺だけに作ればいいのに。


  ※

 

 司会役の宗像先生がマイクを持って、教壇に立つ。


「えぇ~ みんな今日のために、色々とありがとう! 今回のスクリーングで今年は終わりだ。来年まで会えないと思うと、先生も寂しい……」

 絶対にウソだろ。

 その証拠に、もう片方の手にハイボール缶を持っている。

「お前たちも、いろいろとプライベートで問題があったろうに、よくぞ一年間頑張った! だからパーッとやろう! と、乾杯したいところだが……」

 わざとらしく、咳ばらいをする宗像先生。

「実は、今日はだな。見学も兼ねて、客が来ている。そろそろ、入ってもらおう」

 一のことだろう……そう、思っていたが、入口の前に現れたのは、意外な人物だった。


 黒を基調としたシンプルなデザインのミニワンピース。

 胸元には白くて大きなリボン。

 細く長い2つの脚は、黒いタイツで覆われている。

 金色の美しい長い髪は肩に下ろし、碧い瞳を輝かせていた。

 

 一ツ橋高校のみんな……生徒たちは、驚いていた。

 もちろん、彼女の美貌に見惚れているのだろうが……。

 それよりも、似ているからだ。

 俺の隣りに座っている……彼に。


 静まり返る生徒たちを無視して、彼女は壇上に立つと、丁寧に頭を下げた。


「どうも。私、冷泉 マリアと言います。婚約者の新宮 琢人がいつもお世話になっております」

 

 俺は思わず、飲んでいたジュースを吐きだす。

 

「ブフッーーー!」


 なんで、マリアがここにいるんだよ!

 嫌な予感しかない……。

 その証拠に、隣りから物凄い音で歯ぎしりが聞こえてくる。


「あ、あいつぅ……ガチガチッガチッ!」


 こんなクリスマス会は望んでいないよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る