第373話 ちょ、オレたち……男同士だよ!?


 ピーチが詳しく説明して、なんとか、ひなたの誤解はとけた。

 自分の兄であるトマトさんが、イラストを描く時、モデルがいないと上手く描けないことも、補足してくれた。

 だから、ヒロインの一人であるひなたの写真が必要だと。


 それを聞いたひなたは、機嫌を取り戻し、嬉しそうに笑う。


「なぁんだ。そんなことか♪ 私もヒロインですからね、写真は必要ですよね」

 散々、人をブッ叩いておいて、よく言うよ。

「いいのか? 無理しなくてもいいぞ?」

「撮りますよ! 撮らせてください! 新宮センパイとの取材がいっぱい詰まった作品になるんですから~♪」

「そ、そうか……」



 それから、ひなたは自分のスマホをピーチに渡して、その場で撮影会を始める。

 こっちは何も言ってもないのに、色んなポーズ、角度で写真を撮りまくる。

 一々、ピーチに「加工して」だの「盛って」だの。要求が多い。

 だがどんな注文でも、撮影するピーチは、「ちょりっす」と言って、淡々と撮り続けた。



 撮り終わって、すぐに提供してもらえると思ったが……。

 厳選した写真を渡したいので、数時間後になると言われた。

 一体、何十枚くれる気だ?


  ※


 ひなたとピーチに礼を言って、彼女たちに背を向ける。

 もう少しすれば、午後の授業も始まるからだ。


 教室の方へ戻ろうと、廊下を歩いていたら……。

「あ、タクト☆ お昼ご飯も食べずに何をしてたの?」

 とミハイルが近寄ってきた。

 エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせて。

「ちょっと、野暮用でな……」

「ヤボ? なにそれ? 教えて☆」

 そんなことも知らんのか……。

「野暮ってのはな」

「うんうん☆」

 低身長だから、仕方ないのだが、上目遣いでグイグイと迫られるので、対応に困る。

 せっかく、沈静化した股間がまた動くと大変だ……。

 ここはちょっと話題を変えよう。

 彼と距離を取れるようなこと……そうだ。


「なあ、ミハイル。ちょっと頼みがあるんだけど、いいか?」

「え? オレに? なんでもいいよ☆」

「その……一枚、写真を撮ってもいいか?」

 言っていて、顔から火が出そうだった。

 女装しているアンナなら、女の子扱いできるけど、素のミハイルは完全に男だからな。

 恥ずかしくて仕方ない。

 

 俺の問いに、ミハイルも激しく動揺していた。

「お、オレの写真を!? いきなり、どうして……」

 顔を真っ赤にさせて、目を丸くしている。

「いや……今まで、ミハイルの写真はちゃんと撮ったことないだろ。だから、思い出というか。その……」

 言い出しっぺの俺が、緊張してしまう。

 まるで、告白する男子みたいだ。

 その緊張がミハイルにまで、伝わっているように感じる。

 彼もカチコチに固まってしまう。


「お、思い出か……そ、そうだね。ならいいかも。で、でもさ……ホントにオレなんかでいいの?」

「え……どういう意味だ?」

「女のアンナじゃないし、可愛くないもん。それにオレは……男だよ?」

 そう指摘されたことで、俺も脇から大量の汗が滲み出るのを感じた。

 彼の言う通りだ。

 男にカメラ目線で写真を一枚求めるなんて、気持ち悪いこと……なのかもしれない。


 やはり……俺が間違っていた。

「そ、そうだよな。悪い、無かったことにしてくれ」と苦笑いするはずが。


 俺は黙って、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。

「ミハイルの写真だから、欲しいんだ。マブダチのお前だからだ」

 自分でも驚いていた。

 こんなに恥ずかしいことをスラスラと喋っていることに。

「オレだから……なの? じゃあ、うん。と、撮ろうか☆」

 今までに見たことないぐらいの優しい笑顔だった。

 アンナの時よりも……可愛く感じるほどに。

 

  ※


 写真を撮ると言っても、アンナの時ほど余裕がない。

 お互いにだ。

 ガニ股で格好悪く立つ俺と、廊下の壁にもたれるミハイル。

 彼も頬を赤く、視線は床に落としたまま。

 落ち着かないのか、首元から垂れているポニーテールを撫でている。


 なんて、可愛いんだ。そして、絵になる。


「タクト……早く撮って。誰か来たら恥ずかしいよ」

「おお……だが、ミハイル。こちらを向いてくれないと、撮れないぞ?」


 そう指摘すると、彼は潤んだ緑の瞳を俺に向ける。


「こう?」

「バッチシだ」


 一枚。

 たった一枚の写真を撮るだけだと言うのに、物凄く長い時間を感じた。

 そして、俺は撮った写真をすぐに、クラウド上へとアップロードする。

 この写真は、もう二度と撮れない気がしたからだ。

 大事にしたい……そう思えた。


 ただ、その後の俺たちはしばらく、目を合わせることができずにいた。


「「……」」


 なんでか分からないが、事後のような恥ずかしさを感じていたから。

 経験したことも、ないくせに。

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