第355話 手を繋ぐ時は同意を得てください


 100円玉を4枚入れて、撮影タイムに入ったが、初めてのマリアはおどおどしていた。


「こ、これ。一体何が起こるの? 何か3Dみたいな感じで飛び出てくるのかしら?」

「そんなわけないだろ……ただ、撮影するだけだ。精々がフラッシュぐらいだ」

 経験者である俺が説明する。

 するとマリアは安心したようで、胸を撫でおろす。

「な、なるほどね……」



 いざ撮影が始まっても、俺とマリアはピクリとも動かない。

 機械が『次はこのポーズで撮ろうね』なんて、可愛らしい声で指示を出すが。

 それを聞いたマリアは「何が楽しいの? 嫌よ」と一蹴する始末。

 ピースもしないで、無表情の男女が二人でパシャパシャ撮られるだけ。

 一体、俺たちはなにをやっているんだ?



 もうあと一枚でラストってところで、マリアがこう呟いた。


「やっぱり……なにか思い出を作りたいわ……」

「え?」

 頬を赤くして、俺の目をじっと見つめる。

 強きな性格のマリアにしては、言葉に力がない。

 そして、どこか恥ずかしそうだ。


「ポ、ポーズを……とりましょ」

 そう言って、小さな手を俺に差し出す。

「なにをするんだ?」

「私。こういうの……分からないから、手を繋ぐことぐらいしか、思いつかないわ」

「え……」


 言われて、ガキっぽい発案だと吹き出しそうになったが。

 それは10年前の小学生だったらの話だ。

 完全に大人になったマリアと……“女”になったこの子と手を繋ぐ?

 正直、アンナともろくに手を繋いだ記憶がない。


 あの積極的なアンナですら、一緒に手を繋いで歩くことなんて、なかったような……。

 つまり、これって初めての出来事では?

 うう……“初めて”にこだわるアンナさんが知ったら、どうなることやら。


 とりあえず、マリアの小さな手のひらに触れてみる。遠慮がちに。

 彼女も緊張しているのか、汗で湿っているのを感じた。

 お互い、視線はカメラのまま、ギュッと手を握り、肌の感触を黙って味わう。

 意外と柔らかいんだな……マリアの手。


 そんなことを考えていると、撮影タイムは終了。

 撮影ブースからお絵描きブースに移動する。

 モニターに映し出された写真は、どれも似たようなものばかり。

 唯一、アンナの時と違うものといえば……。

 二人で頬を赤くして、手と手をぎこちなく握っている写真。

 何ていうか、付き合いたてのカップルのようだ。


 肝心の落書きはなにもしないで、マリアはすぐにプリントを選択する。


「だ、大事なのって……タクトとの思い出だから」

 と頬を赤くして。

 なんだか妙に女の子らしいな、今日のマリアは……。

 見ているこっちが恥ずかしくなりそうだ。

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