第321話 シューティングスター


 映画はクライマックスを迎えようとしていた。

 声優界の王子様こと、マゴが演じるラスボスの巨大な力に屈するボリキュア達。


『もう負けを認めるんだぁ~ そして私とこのダークランドで共に闇に染まろうではないかぁ~』


 次々と倒れていくレジェンドヒーロー達。

 だが、今シリーズの主人公、ボリエール。そして初代ピンク担当であるボリブラックだけは諦めなかった。

 ボロボロになりながらも、かつてないヴィランに立ち向かう。


『私たちは……』

『絶対に……負けないんだから!』


 と二人して叫んだ所で、いきなり妖精のクップルが大画面に登場する。

 そして、観客に向かって何やら必死に訴えかけるのであった。


『映画館に来てくれたみんな! 大変クポ! ボリキュアがピンチクポ!』


 なんだ? 劇中だというのに、こっちに話しかけてきたぞ。

 俺が首を傾げていると、隣りにいたアンナが何やらゴソゴソとショルダーバックの中を探し出す。


『魔法の力が詰まったスターペンライトを出して欲しいクポ! それでボリキュア達を応援して欲しいクポ!』


 一体なにを言っているのか、さっぱり分からない。

 だが、辺りを見回せば、幼女達が特典でもらったペンライトを取り出し、小さな灯りを点ける。

 そして、スクリーンに向かってブンブン振り回す。


「ボリキュア、がんばえ~!」

「かって~! まけないで~!」


 なるほど……この時のためのペンライトなのか。

 だから、アンナがこだわっていたんだな。

 しんどっ。

 と納得したところで、隣りを見れば、大きなお友達のアンナちゃんがニコニコ笑いながら、ペンライトを二本持ってスタンバッていた。

「……」

 あんたもやるんかい。

 ちょっと、他人のふりをしておこう。


 たくさんの幼女達の声をかき消すほどの大声で叫ぶ。

「ボリキュア、頑張れぇーーー! 勝って、絶対に勝ってぇーーー!」

 うるせぇ!

 思わず、両手で耳を塞ぐ。


 まあ、本人が喜んでいるならいいか……。

 あと10分ぐらいしたら、終わるんだろう。

 もうちょっとの辛抱だ。我慢しよう。


 ボーッとスクリーンを眺めていると、ちょんちょんと膝を突かれる。

 隣りに目をやると、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせるアンナが1つのペンライトを俺に差し出す。

「さ、タッくんも一緒にやろ☆」

「え……」

「これ、やらないと小説の取材に活かせないよ? ラブコメを書いてるんだから、重要なポイントだよ☆」

「……」

 どこが重要なんだ!

 ラブ要素もコメディ要素も皆無だ。

 だが、彼女の誘いを断れば、後が怖い。

 仕方ない。恥でしかないが……やるか。



 俺はペンライトを受け取ると、スクリーンに向かって高々と掲げる。

「ぼ、ボリキュア、頑張れぇ……」

 声はかなり抑えて。

「タッくん! そんなんじゃ、ボリキュアが勝てないよ!」

 なんで怒られるんだよ……。

「うう……ボリキュア、頑張れぇ!」

 だが、まだアンナは納得してくれない。

「全然ダメっ! タッくん、恥ずかしがってるでしょ! 小説のためだよ!」

 もう泣きそう。

 覚悟を決めた俺は、腹から大きな声を出す。

 多分、生まれて初めてってぐらいの叫び声。


「ボリッ! キュア~! 頑張れぇ~! 勝ってくれぇ! 頼むぅ!」


 恥ずかしくて、頬が熱くなり、脇から大量の汗が滲み出るのを感じた。

 結果的に、1番目立ったのは俺だった。

 辺りにいたお父さんお母さんが吹き出す始末。


 生き恥をかいた俺に対して、アンナは満足そうに肩をポンと叩く。

「タッくん。カッコ良かったよ☆」

「そ、そうか……」


  ※


 やっとのことで映画が終わり、他の客に顔を見られたくなかったから、俺はさっさと劇場を出ようと焦る。

 トレーを持って、出口に立っていたスタッフにトレーを渡して、ゴミを捨てようしたその瞬間だった。

 アンナが俺の腕を強く掴んで、止めに入る。

「タッくん! 捨てちゃダメ!」

「へ?」

「そのドリンクホルダーは記念に持って帰るんだよ? 中をキレイに洗ったら、お家で飾ったり、コップとして楽しめるんだから」

 と頬を膨らませる。

「すまん……」


 別に俺はいらないのだが、アンナによって、強制的にボリキュアのドリンクホルダーをお土産として、持たされた。


 これでやっと映画館から、離れられると思ったが、またアンナに止められる。

 ボリキュアを観に来た時は、ある儀式を行うそうだ。


 売店近くに1つのミニテーブルがあり、大きな朱肉と円形のスタンプが置いてあった。

 何人かの親子連れがそこに列を作って並んでいる。

 アンナに引っ張られて、俺もその列に加わった。

 待つこと数分で、テーブルの前に来たのだが、一体今から何をするのかが分からない。

 要領を得ない俺を無視して、アンナはショルダーバッグから、小さなノートを取り出した。

 表紙にはたくさんのボリキュアのシールが貼ってある。

 テーブルの上にノートを置くと、スタンプを手に取り、朱肉にゴリゴリと押し込む。

 そして、白紙だったノートへ力強く叩きつける。

 スタンプを離すとそこには、ボリキュアのイラストが残っていた。

 なるほど。映画の記念か……。

 大きなお友達の御朱印帳か、しんどっ。


「アンナ。そろそろ映画館を出ようか?」

 俺がそう言うと、彼女は不服そうにギロッと睨む。

「ちょっと、タッくんもしてよ! スタンプ! 思い出にならないでしょ!」

「いや……俺はアンナみたいにノートを持って来てないし」

 それにいらないし。

「えぇ~ それじゃ取材の意味ないよ~」

 もう、この取材はお腹いっぱいです。



「う~ん……」

 しばらくその場で考えこむアンナ。

 そして、何かを思いついたようで、手のひらを叩いて見せる。

「あ、これならいいよ☆」

「ん?」

「タッくん。手を出して☆」

「はぁ」

 彼女のやりたいことがよく分からないが、とりあえず、左手を出して見る。

 すると、何を思ったのか、手の甲に向かってスタンプをグリグリとねじ込む。

「いっつ!」

 スタンプを離すと、あら不思議。

 可愛いボリキュア達が僕の身体に刻まれたよ♪


「これで良い思い出になったね☆」

「あ、ああ……」


 どうせ、帰るまで手を洗えないんだろうな。

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