第三十六章 二学期はっじまるよ~☆

第310話 考えるんじゃない。本能に任せるんだ。


 俺が期待していたサイン会とは、全然違うものになったが……。

 まあ、担当編集の白金も完売したことを喜んでくれたし、結果的には良かったということで。

 印税もいつか入ってくるしね。


 アンナとマリアというハーフの超美少女ヒロインが二人も現れたことで、今後の“気にヤン”をもう一度、再構成しなくてはならない。

 あ……、一人は男だった。

「うーん」

 自室の学習デスクに載せてある2つのモニターを交互に眺める。

 以前、パンパンマンミュージアムで撮影したアンナのパンモロ写真だ。

 滑り台で無邪気に笑う彼女は、なんとも絵になる。

 だが……なんで、男なんだ!

 その写真を高画質で保存して、興奮している自分に腹が立つ。


 双子ってぐらい似ているなら、女のマリアがいるじゃないか!

 なのに……かれこれ、6時間は楽しんでいる。


「違うぞ。断じて違う! 俺はホモではない!」

 机を拳で力いっぱい叩く。

 すると、モニターが振動で揺れた。

 頭を抱えて自分の性癖に悩む。

「マリアの方が……」

 なんて言いかけるが、再び画面に視線を戻すと。

「やっぱ、アンナってカワイイ……」

 と、つい本音が口から漏れる。


 一人、葛藤していると、ぎぃ~っと不気味な音を上げて、ドアが開く。

「おにーさま……良いご身分ですわねぇ…」

 そこには、受験勉強で缶詰状態を強いられていた顔色の悪い妹が立っていた。

「ぎゃあああ!」

 思わず叫んでしまう。

「ちょっと、うるさいですわよ……あら、自家発電の最中でしたか。高画質でアンナちゃんの写真を堪能なんて。おにーさまらしいですわ」

「ま、待て! これは違うぞ。俺は真剣に悩んでいたんだ……」

「どの写真で使うか? でしょ」

「だから、違うと言っている!」

「なら、どんな悩み事ですの……」

 汚物を見るかのような冷たい目で、睨まれる始末。


 不本意だったが、俺は妹のかなでに自分の悩みを打ち明けた。

 10年前に約束した婚約者、マリアのこと。

 知らず知らずのうちに、ミハイル……いや、アンナを初恋の彼女と重ねていたこと。

 一目惚れ? だと思い込んでいた自分に腹が立つ。

 そして、瓜二つってぐらいそっくりなマリアより、男のアンナに惹かれている気がする……ということだ。



「なるほどですわね……おにーさまにそんな過去があったなんて、驚きですわ。ミーシャちゃん以外、おっ友達はいないと思ってたのに」

 俺って、そんな可哀そうな奴だったの?

「正直、驚いている。忘れていた自分が悪いのだが……」

「でも……お話を聞いた限りでは、何の問題もないように感じますわ」

「え?」

「元カノが10年ぶりに戻ってきて、今カノに文句言っているだけのクソ女でしょ? それにおにーさまは、アンナちゃんを高画質で写真や動画を保存するほど大事にされていますわ」

「うっ……」

 このために、アイドルの長浜 あすかの自伝小説を死ぬ思いで書いたからな。

 ハイスペックパソコンで、アンナをぬるぬる動かしたいがために。


「それで考えたり、悩んだりするなんて、ナンセンスですわ。隠れて1人シコシコしやがる童貞と同じぐらいダッセーですわ」

 自家発電は、童貞だろうが、非童貞だろうが、男に必要なもんだ!

「しかし……アンナは、その…」

「おにーさま! こういう時は考えるのではなく、行動すべきですわ!」

 普段、おバカなかなでにしては、偉く真剣に話す。

 両腕を腰に当てて、かなり怒っているように感じる。

 それだけ、兄の俺に対して、自分の想いを伝えたいようだ。

「行動って?」

「会えば良いんです! これですわ!」

 そう言って、差し出されたのは、一枚の茶封筒。


『一ツ橋高校 秋学期。始業式のお知らせ』


 夏の終わり。

 行きたくもないガッコウてやつに、また通うことになるのか。

 これから半年近く、勉強やらスクリーングがあると思うと、ため息が漏れる。

 力なく、かなでから、封筒を受け取る。

 だが、高校が始まるということは……ミハイルに会えるということか。


 妹が伝えたいことをなんとなく察した俺は、かなでに視線を戻す。

 目と目が合った瞬間、かなでは親指を立てて、ニカッと白い歯を見せた。


「スキという感情さえあれば、女でも男でも関係ないですわ! どっちも入れるところはあるんだから!」

「……かなで。お前、もう受験勉強に戻った方がいいと思うぞ」

 相談する相手を間違えた俺が悪い。

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