第308話 宣戦布告


「なによ。この、ブリブリ女は!?」

 スマホを持つ手がブルブルと震える。

 ピンクの小さな唇を噛みしめて、怒りを露わにしていた。


「あ、あの……」

「こんな男に媚びまくったファッションの地雷女が、私からタクトを奪ったっていうわけ!?」

 ギロッと俺を睨みつける。

「その子は……ちょっと変わった子でな。色々と事情があるんだ」

 まさか、10年越しの大恋愛を奪ったのは、男の子でした♪ とは言えないもんな。

「変わった子って……タクト。あなた、こんな分かりやすいハーフの地雷女子を好きになったわけ? 私より?」

 ずいっと身を乗り出して、俺の顔を下からのぞき込む。

 先ほどまで、揉ませて頂いたノーブラの柔らかい美乳が当たって、とても気持ち良い。

 と、喜んでいる場合ではない。

 アンナを守ってやらないと。


 

「マリア……実は今回のラブコメを書くに当たって、俺は取材をしているんだ」

「え、取材?」

「ああ、そうだ。これは博多社の担当編集が業務命令として、『恋愛を体験して来い』と強制的に現在の高校に入学させた……という経緯がある」

 よし。全部、ロリババアのせいにしておこう。

「そういうことだったの……だから二年遅れの入学というわけ」

 二年遅れなのは、俺がただ無職だから、という補足は敢えてしない。

「おっほん……そこで、とある友人ができてな。男なんだが、そいつが俺に『恋愛を取材するなら相手が必要だろ☆』と紹介してくれたのが、スマホに映っているカワイイ彼女。アンナだ」

 そう言った瞬間、マリアの整った顔がぐしゃっと歪む。

「今、カワイイって言ったように聞こえたのだけど?」

 ヤベッ。つい本音が出てしまった。

「いや……友人のいとこが、そのアンナだ」

「ふーん……」

 記憶力の良いマリアは、白けた目で俺を見つめる。


  ※


 マリアに今まで起きた出来事。自分が書く小説には実体験が必要だいうこと。

 それには、取材が必須で、ヒロインのモデルであるアンナは、あくまでも協力しているだけの関係。

 他にもサブヒロインとして、赤坂 ひなたや北神 ほのか。あと、おまけで長浜 あすかの三人が候補として上がっていることを説明した。

 それで、“気にヤン”を書き上げるためには、どうしても取材を続ける必要がある。

 担当編集の白金からも、それを仕事として、半ば強要されていたことも話した。

 ていうか、全部あのロリババアが悪い。


 俺の説明をマリアは黙って聞いていた。

 しばらく顎に手をやり、考え込む。


「どうだろう? これで納得できたか? 俺は今作家として、アンナが必要なんだ。これも仕事の1つなんだ。だからあの時の……10年前の約束は守れないんだ」

「……」

 こちらには目も合わせてくれない。

 ただ沈黙を貫く。

「あ、あの……マリアさん?」

「……」

 俺が怒っているかとびくびくしていると、彼女はいきなりベンチから立ち上がる。

「決めたわ!」

「え?」

 立ち上がったマリアの顔は、眩しいぐらいの笑顔で俺を真っすぐ見つめる。

「つまり、今のタクトって。カノジョ候補……いや花嫁候補を探しているってことよね?」

「いや……決してそういうわけじゃ……」

 俺のいう事に、マリアは耳を傾けることはなく。

「なら、私も……いいえ。婚約はまだ破棄されていない状態ね。アンナって子には大事なタクトを奪われて、腹が立つけど。でも、まだ可能性はあるわ。だってあなた達ってまだそういう事してないのよね?」

「ん? どういうことだ?」

 俺が首を傾げていると、マリアは恥ずかしそうに向こう岸の建物を指さす。

 対岸にズラーっと並ぶのはピンク色のラブホテルだ。

「あ、あそこに行ったことがあるのかってことよ!?」

 ファッ!?

 もちろん、俺もアンナも童貞と処女の関係性? だが……。

 しかし、マリアの質問に答えるならば、行ったことはある。

 ただ、行っただけ。コスプレ写真は堪能したか……でもパソコンに永久保存しているけど。


「それは……ない、よ?」

 なぜか疑問形で答える。

 視線はマリアから逸らして。

「ちょ、ちょっと! なによ、その歯切れの悪さ! タクトはまだ童貞なんでしょ?」

「も、もちろん、童貞だ! 断じて嘘ではない!」

 それだけは否定しておきたかったので、思わず前のめりになって、叫ぶ。

「私だって処女よ!」

 彼女も興奮しているようで、俺に負けないぐらいの大きな声で叫んだ。


 気がつけば、辺りにたくさんのギャラリーが出来ていた。



「おいおい、あの二人。今からラブホに行くのか?」

「まだ未経験だって。それをあんな大きな声で叫ぶ。フツー」

「二人とも食べちゃいたいわ!」

 最後のやつ、両刀使いですか。

 申し訳ないですが、帰ってください。


 

 突き刺さる無数の視線が痛い。

 お互い恥ずかしくなって、博多川から逃げることにした。

「タクトが正直に答えてくれないから、恥をかいたじゃない!」

「お、俺は噓をついてない。マリアならわかるだろ!」


 その後、俺たちは全速力ではかた駅前通りを走り抜けた。

 赤っ恥をかいてしまったが、博多駅に着くころ、なぜかマリアは笑っていた。


「ハァハァ……タクト。私も取材に参加していいでしょ?」

 肩で息をしながら、彼女は俺に問いかける。

「ああ……取材なら話は別だ。マリアも“5人目”になるか?」

 俺がそう言うと、マリアは鼻で笑う。

「いいえ。私はタクトの初めての読者で、婚約者よ? 目指すのはファーストのみよ」

 そう言って、俺の心臓辺りを細い人差し指で小突く。


「絶っ対、逃がさないわ。あなたを」

 

 俺は黙ってその姿に見惚れていた。

 はにかんで笑う彼女に。

 長い金色の髪をかき上げ、大きな2つのブルーアイズを輝かせるその子に。

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