第305話 なう


 そう、現実。

 これは間違いなく現実の世界なんだ。

 なってしまったんだ……俺は小説家としてデビューもしたし、初のラブコメが売れている。

 条件揃っちゃったよ!



 成長したマリアをじっと見つめる。

 低身長で華奢な体型。絶壁とまではいかないが、柔らかそうな小さな胸。

 いや、実際揉んだ感想として、確かに控え目だけど、すごく気持ち良かった。

 長い金色の髪をなびかせ、真っすぐ視線は俺から離さない。

 大きな2つのブルーアイズに吸い込まれそうだ。


 可愛い……確かに俺のどストライクゾーンな美少女と言えるだろう。

 ミハイルとアンナに似ている女だが……。

 あれ? なんでマリアより先にあいつらが頭に浮かぶんだ?


「うーむ……」

 一人唸り声を上げていると、隣りに座っていたマリアがため息をつく。

「あの、さっきからずっと黙り込んでいるけど、何か良からぬことでも考えているのかしら?」

 睨むように俺の顔を覗き込む。

「いやいや、そういうわけじゃなくてな……まさか本当に俺好みの女の子に成長するなんて。ハハハ」

 苦笑いでどうにかごまかす。

「ああ。あの約束をちゃんと思い出せたのね。懐かしいわ……この博多川でタクトに要求されたペドフィリア体型をキープするのに、苦労したもの」

 ペドフィリア体型ってなんだよ!

「なにかヨガとかでもやってたのか?」

 俺がそう問いかけると、彼女は「わかってないわね」と首を横に振る。


「身長を145センチでキープしつつ、胸は小ぶりにする。また顔も小さくするために、顎は発達させない。心臓の手術より、壮絶な体験だったわ」

 ファッ!?

「い、一体どんなことをやっていたんだ?」

「アメリカに渡って、すぐに心臓の手術をしたわ。27時間にも及ぶ大手術。それが終わってすぐにリハビリをやりつつ、まずは胸の成長を抑制するために、コルセットで乳腺の発達を遅らせたわね」

「えぇ……」

 命かけて渡米したのに、心臓に悪いことしないでよ!

「寝る前に胸をバチバチ叩いたりもしたわ。あと成長を遅らせるという謎のお薬をインターネットで見つけたから、飲んだりもしたっけ。副作用が酷くて、緊急搬送されたけど」

「……」

 もうやめて! もっと自分を大事にして!

「あとは身長を伸ばしたくないから、ベッドは敢えて小さめのものにしたわ。柵が硬くてね。足先と頭がギチギチで痛くてたまらないの。慣れるまでなかなか眠れなかったわ。あ、今でもそのベッドは使用しているのよ?」

「マ、マリア。もうその辺で……」


 幼い子供が考えた惨い要求を鵜呑みに、10年間もやり続けた彼女に、俺は罪悪感でいっぱいだった。


「待って。まだあるのよ? 小顔にしたいから、なるべく柔らかいものしか食べなかったの。顎が発達すると大きな顔になるでしょ。その他にも美顔ローラーで24時間ずっとゴリゴリやってたわね」

 それでよく美顔になれたな……。

「すまない。マリア、あの時の約束を忠実に守ってくれたんだな」

「いいのよ、タクトのお嫁さんになりたいから、私が勝手にやっただけ。もし、理想の女の子に成長しなかった時は、整形手術も覚悟していたしね」

「……」


 忘れていた。もう時効だから断りたい。

 とは言えなかった……。


 そして、マリアは一枚の小さな白い紙を取り出す。

 青い瞳をキラキラと輝かせて、こう叫ぶ。


「条件は全てクリアしたでしょ? タクトが小説家としてデビューして尚且つ売れたし。私はあなた好みのペドフィリア体型に成長したわ」

「え?」

「だからこの婚姻届にタクトの名前を書いて! あとは提出するだけよ!」

「う、嘘だろ? 10年前のことだぞ?」

「タクト。私もあなたも噓が大嫌いな性格でしょ? 約束は守らないと」

 なんて優しく微笑む。


 に、逃げられない……。

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