第302話 読者


 あの日以来、俺たちは毎日博多で待ち合わせして、互いのおすすめDVDを貸し借りする仲になっていた。

 お互いの住所も連絡先も知らないから、待ち合わせの場である黒田節の像と時刻でしか、会う事はできないが。

 それでも、毎日俺とマリアは顔を合わせる。

 だって、学校に行かない不登校児だから。

 家にいても暇で暇で仕方ない。



 カナルシティのハンバーガー屋。

 キャンディーズショップをマリアが気に入ったらしく、いつもそこで映画の話をしていた。

「ねぇ、タクト。この前貸した映画はどうだったの?」

「ああ……すまん。始まって30分ぐらいで寝てしまってな」

「なんですって! あの名作を、あなたはたった30分で寝落ちしてしまったの!」

「いや、悪い。余りにも退屈な映画でな……」

 あれ? なにこのデジャブ。

「退屈だと言ったわね! 私の大好きな映画を!」

 怒りからか、小さな肩を震わせている。

「すまん。ラブストーリーは好みじゃないんだ」

「あれはアカデミー賞にも選ばれた名作なのよ! それにただのラブストーリーじゃない。ヒューマンドラマよ!」

「わ、悪いって……」

 こいつも、かなりこだわりが強いらしい。

 好きな物を否定されるとすぐに怒る。


  ※


 DVDの貸し借りだけじゃなく、色んな映画館を二人で観て回った。

 新しく出来た博多駅のシネコンや中洲にある古い映画館。

 それから通好みのミニシアター系。

 好き嫌いの激しい俺たちは、見終わった後、いつも「クソだ」とか「退屈だったわ」とか、まあ可愛くない子供だったと思う。


 そんなことを一ヶ月以上続けた頃。

 ある日、マリアに言われた。


「ねぇ。タクト」

「なんだ? またハンバーガーのおかわりでもしたいのか? 相変わらずの大食いだな」

 俺がそう決めつけると、顔を真っ赤にして怒り出す。

「違うわよ! 人をなんだと思っているのよ!」

「腹が減ったわけじゃないのか?」

 大きくため息をつくマリア。

「本当にデリカシーのない男……私が聞きたいのは、この前の小説のこと」

「ああ……そのことか」


 俺はマリアから提案されたその日に、帰宅してすぐ机から学習ノートを開いて、映画を思い出しながら映像を文字にしてみた。

 この作業は意外と難しく、頭に浮かぶ、映像を文章に変換するというのは、学校で習う勉強より面倒くさい。

 だが、俺はタケちゃんのような映画を将来撮ってみたい……その一心で、書き続けた。

 気がつけば、ノートは5冊も使ってしまう。

 この空白を文字で埋めただけの物が小説という代物かは、わからんが。



 小説の話に変わると、マリアは目を輝かせて、身を乗り出す。

「それでそれで? 書けたの?」

「ああ、一応な」

「本当に? じゃ、じゃあ……良かったら私に読ませてくれない?」

「別に構わんが。ただ、ストーリーはお前が退屈だと言ったタケちゃんの『打ち上げ花火』を文章にしただけだぞ?」

「それが良いんじゃない!」

「え?」

「私が退屈だと思った映画を、タクトの手で書き上げた世界。どんな風に変換されたのか、知りたいのよ!」

 偉く食いつくな。意外だった。

「そうか。マリアの期待に沿える物かは知らないが、今度持ってくるよ」

「嬉しい! タクト、ありがとう」

 そう言って嬉しそうに微笑むマリア。

 彼女が喜ぶ意味が、俺にはさっぱりわからなかった。


  ※


 後日、俺が書き上げた小説を彼女に読ませてみることに。

「退屈な作品ね」

 なんて酷評されると思ったが、マリアの反応は違った。

「タクト……この小説。本当にあなたが書いたの?」

 真剣な眼差しで学習ノートを見つめている。

「そりゃそうだろ? ちゃんとノートに『3-1、新宮 琢人』って書いてあるのが読めないのか?」

「ハァ、そう言う意味じゃないわよ」

「どういうことだ?」

「正直驚いているわ。あなたにこんな才能があったなんてね。嫉妬を覚えるわ」

 そっとノートを閉じる。

「ん? どうして?」

「文章が綺麗なのよ。いつも悪口ばっかのあなたとは大違い」

 あれ? それって俺の人格をディスってない?


 驚いたことにマリアは俺が書いてきた小説なるものを絶賛していた。

 そして、こうも言う。

「もっと読みたい」と。

 だが、俺はそれを断った。

「そんなに描くネタがない」

 彼女にそう答えると、マリアは笑ってこう言う。

「バカね。今までなにをしてきたのよ? 私とたくさん映画を観てきたでしょ。それを文字にしてみてよ。退屈だった作品をタクトが面白い世界に変換してよ」

 マリアの目はいつになく、キラキラと宝石のように輝いて見えた。


 それからか。

 映画を観ては文字にしてみる。

 そんな単純な作業をこなしては、マリアに読ませる。

 活字に貪欲だった彼女は、俺に何度も何度も言う。

「もっと読ませて」と。


 正直、俺からしたら何が面白いのか理解できない。

 でも……気がついたんだ。

 マリアが読み終わったあと、決まって嬉しそうに笑うその顔が見たくて、俺は書き続けていることに。

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