第301話 友達


 冷泉 マリアから提案された映画制作への第一歩。

 それが小説というものらしい。

 俺は生まれてこの方、文字だけの本なんて読んだことがない。

 書きたくもないし、読みたくもない。

 だが、彼女が言った『ものづくりの最初』であることは事実だ。

 今日映画館で観たタケちゃんが創り上げたような世界を、俺も……いつかこの手で。


 そうなれば、話は早い。

 冷泉の言う通り、自宅にはペンとノートぐらいあるはずだ。

 書くだけなら、タダでできる。

 やってみるか……。


  ※


 ハンバーガーを食べ終えた俺と冷泉はカナルシティを出て、博多駅と向かう。

 はかた駅前通りを二人で歩きながら、また映画の話で口論になっていた。

「冷泉。そんなにタケちゃんの映画をディスるなら、お前が観てきた作品で一番おすすめを教えろ」

「別にディスったわけじゃないって言っているでしょ? ただ私には合わなかっただけ。ま、まあ……タクトがそんなに私の好きな映画を観たいなら、教えてあげてもいいのだけど」

 なんて頬を赤らめる。

「いや。別に観たいわけじゃない。お前がタケちゃんの映画が退屈だとぬかしやがるから、お前の好きな映画がどんなにクソか知りたいだけだ」

「なんですって! ハァ……最低な男。まあいいわ。それなら、明日またカナルシティで会わない? どうせ、タクトも学校休むんでしょ?」

「まあな」

 成り行きでまた明日も会うことになってしまった。

「私の好きなDVDを持ってくるから」

「なるほど。なら期待して待ってやろう。どんなクソ映画か、楽しみだ」

「あなたねぇ……本当に最低」


 気がつけば、博多駅の中央広場に着いていた。

 そこで、ふと思う。

 この女の住所も連絡先も知らない。

 広大な敷地のカナルシティで落ち合うのは、ちょっと難しい。

 人も多いだろうから、もっと分かりやすい場所。目印になるところが良い気がする。


「うーむ……」

 辺りを見渡してみた。

 右手に交番が見える……その奥に小さな銅像が。

 確か、黒田節の像だったか?

 あれなら、目立つ場所だし、待ち合わせ場所に持ってこいだな。



「おい、冷泉」

「なによ?」

「明日DVDを持ってくるのは構わんが、待ち合わせ場所がカナルシティでは広すぎるし、人も多いから、クソチビなお前を探すのは至難の業だ。そして、迷子になるだろう」

「あなたね……しれっと人の事を悪く言わないでくれる? まあでも一理あるわ」

「だろ? そこでだ。あそこに立っている黒田節の像で待ち合わせしないか? あそこなら、クソチビのお前でも一発で見つけられる」

「わかったわ。ただし、クソは余計よ」


 名前以外、特に素性も知らない生意気な女と、明日も遊ぶ約束をしてしまった。

 まあ俺も物事を白黒ハッキリさせないと気がすまない性格だ。

 この女が勧める映画をクソかウンコか、ちゃんとこの目で判断してやらんと。


 明日、俺にディスられて、このクソチビ女が涙目になっている所を想像すると、笑いが止まらんな。

「タクト。なにをニヤニヤしているのよ? 気持ち悪い」

「あ、いや……明日が楽しみでな」

 こいつをどん底に突き落とすのが。

「楽しみ……?」

 目を丸くして驚く冷泉。

 と思ったら、頬を赤くして、もじもじする。

「そりゃあな。博識な冷泉が勧める映画だからな」

 俺は嫌味をたっぷり込めて、そう彼女に言ってやった。

「わかったわ……でも、その冷泉っていう呼び方やめてくれる? 不快なのだけど」

「へ?」

 低身長だから、どうしても上目遣いになる。

 そして、青い瞳を潤ませて、こう呟く。


「私がタクトって呼ぶんだから、あなたもマリアって呼んでよ。不平等じゃない」

 なんて言いながら、身体をくねくねさせる。

「不平等? まあ、そうだな。なら俺もお前を今後マリアと呼ばせてもらう。光栄に思え」

「ハァ……タクトって友達いないでしょ?」

 いたら、一人で映画なんて観に来るかっ!

「と、友達ぐらい……い、いるとも…たぶん」

 痛いところを突かれた。

「奇遇ね。私も友達いないのよ」

 ここにぼっちが集ってしまった。

 なんて辛い告白なんだ。


 マリアは何か重大な決断をしたようで、小さな胸に手を当てて、深く息を吸い込む。

 そして、俺の目をじっと見つめる。


「タクト。私と友達にならない?」

 そう言うと、小さな手のひらを差し出す。


 驚いた。

 クソ生意気な年下のくせして、この天才の俺と友達になりたいだと。

 だが、不思議と嫌な気にはならない。

「フンッ……仕方ないな。なってやるよ」

 俺はマリアと握手を交わした。

 その時だった。

 生意気で冷徹な表情ばかり見せる彼女の顔に変化が起こったのは。

「ありがとう」

 今日初めてみる顔つき。

 俺の手を掴み、優しく微笑む。


 強い風が俺とマリアの間をと突き抜けていく。

 だが、彼女は俺と掴んだ手をぎゅっと握ったまま、離さない。

 反対側の手で、長い金色の髪をかき上げて、嬉しそうに笑っていた。

「ふふっ」

 ここで俺はあることに気がつく。

 マリアは笑うと天使のように可愛いことが。

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