第十八章 危険なペア

第127話 最強のペア

「に、似合っているかな?」

 そう言うと、天使は恥ずかしそうにTシャツの裾をつかむ。

 丈が短く、へそが丸出し。

 そして、俺がこの世で一番尊敬するお笑い芸人であり、映画監督でもある世界のタケちゃんの伝説ギャグ‟キマネチ”のロゴが入っている。

 ブルーのTシャツとは対照的に、下はピンクのチェック柄のミニスカートをはいていた。


 ギャップ萌えである。


「か、かわいい……」

 なんということだ。

 俺の尊敬するタケちゃんと天使のコラボである。

 ついでに、俺自身も同じロゴのTシャツを着ている。

 彼女とは違い、色はブラック地だが。

「フフッ、タッくんとおんなじだね☆」

 そう言うアンナは、恥ずかしそうに笑う。


 俺とアンナのやり取りをそばで見ていた妹のかなでが頷く。

「うんうん、若いってのは、いいですわねぇ~」

 いや、中学生のお前に言われたくない。


 朝ご飯を食べ終えたアンナは、妹のかなでが用意した服を着て現れた。

 別に狙ったわけではないが、俺もタケノブルーのブランドしか着ないため、自ずとペアルックになってしまったのである。


「しかしペアルック……てのは恥ずかしくないのか、アンナ?」

 言っていて、俺も頬が熱くなる。

「ううん、タッくんが嫌じゃなければ、アンナは嬉しいかも……」

 顔を赤らめて、リビングの床を見つめる。

「ならばいいのだが……」

 男同士でペアルックってしんどくない? って意味でもあったのだが、アンナが良いのだからいいんだろう。知らんけど。


 かなでが俺とアンナの肩を、トントンと交互に叩く。

「これは……アレですわ!」

 眉間に皺をよせて、なにかを考えている。

「なんだ?」

 嫌な予感がするが、一応聞いてみた。

 するとかなでは、太陽のようなすがすがしい笑顔でこう答えた。

「取材ですわ!」

 それ、言うかと思ったぁ。


「そ、そうだよね! さすがはかなでちゃん☆」

 便乗すんなよ、アンナ。

「ですわ、ですわ! 童貞のおにーさまにはペアルックも経験させておかないと、小説に使えませんもの」

 女の子の前で、童貞言わないでください。

 いや、かなで以外に女の子はいなかったね……。


「ふむ……ま、それもいいかもな」

 俺も何気にノリ気だった。

 なんていうか、今までは取材対象としてアンナと街をふたりで仲良く歩いているはいるが、傍から見たら知人や友人に見られることもあるだろうと思っていた。

 だが、ペアルックなら別だろう。

 取材相手とはレベルが違う。

 ほぼ100%、恋人として認識されるのだ。


 アンナは俺のもの、俺はアンナのものという仲良しガキ大将的な発想に至る。


    ※


 俺とアンナは貴重品だけ持つと一階の玄関に向かった。

 なぜなら、昨晩、俺の所持品も彼女のバッグなどもびしょ濡れだったからだ。

 一階に降りると、俺のスニーカーも濡れていたことに気がつく。

 アンナも同様だ。

 俺は自宅なので他の靴があるのだが……。


「あ、どうしよう。パンプスびしょ濡れだ…」

 肩を落とすアンナ。

 そこへ妹のかなでが、階段を降りてくる。

「これを使ってくださいな、アンナちゃん」

 かなでが持ってきたのは、少し大きめの白い箱だった。


「なんだそれ?」

 俺がそう言うと、かなでは胸を張って自信満々で答えた。

「フフン、よくぞ聞いてくれましたわ! こんなこともあろうかと、アンナちゃんに似合いそうなパンプスを買っておきましたの」

「はぁ?」

 思わずアホな声が出てしまった。

「え、でもサイズ合わないんじゃない? アンナ、足けっこう小さいから……」

 確かにアンナは女の子……いや男にしては小さな脚だ。

 かなでも、別に大きいほうではないのだが。


「心配ご無用ですわ!」

 自身の胸をポンと勢いよく叩く。

 すると無駄にデカい乳がブルンと揺れた。

「ちゃんとアンナちゃんのサイズを計測したうえで買いましたもの!」

「え……」

 絶句するアンナ。

 そりゃそうだろ、初対面の設定だよ?

 気持ち悪いよ……。


「なんで会ったばかりのアンナの足のサイズを知っているんだ、おまえ……」

 肘でかなでの腹を小突く。

 設定を忘れてないか? という意味をこめて。

 すると、かなでは「ハッ」とした顔で目を見開く。


「こ、これは……アレですわ。アンナちゃんのいとこのミーシャちゃんから聞いていて……それで買っておいたんですわ!」

 いや、最後、無理やりすぎる言い訳だろ。

「そ、そうなんだ! うわぁ、アンナ嬉しいな☆」

 苦笑いでその場をなんとか、おさめようとするアンナ。

 時折「ねぇ」と女子同士で謎のウインクをかわす。


 こいつら、やはり裏で繋がっているんじゃないのか?


「まあ細かい説明はいらんだろう。すまないな、かなで。その靴代は俺があとで払うよ」

「いいえ、かなでが勝手にやったことですので……」

 珍しく遠慮するかなで。

「いや、アンナが払うよ!」

 なすりつけあいが始まろうとしたので、俺が左右に立っていた二人に両手を差し出し黙らせる。


「ここは男の、俺の面子を立ててくれ。取材対象とはいえ、仮にも大事な女性のものだ。パートナーの俺が払う……いや、払いたいんだ」

 そう言うと、アンナは驚いた様子だった。

「タッくん…」

 アンナは俺の男気に圧倒され、頬を赤く染めていた。


「おにーさま、了解ですわ! ではあとで1万2千円くださいな!」

 たかっ! 言わなきゃよかった……。

「オーライ、ローンでおけ?」

「ノン、キャッシュで一括ですわ!」

「オーノー」


    ※


 昨日の台風はどこへやら。

 地元の真島商店街は雲、一つない穏やかな空で、日差しがポカポカと俺たちをあたためる。


「うわぁ天気よくなったね☆ デート日和だね」

 アンナは俺より一歩先に進んで、腰だけひねって俺に顔を見せた。

「ああ、そうだな」

 俺も安心しきっていた。

 昨日は本当に天気だけじゃなく、波乱の一日だったからな。

 天気まで俺たちのデートを祝福してくれているかのようだった。


 二人して仲良く商店街を抜けて、JR真島駅へ着く。

 まだゴールデンウィークということもあって、人の出入りは激しく、みなどこかへ遊びに行く風貌だった。


 ふとスマホを取り出し、ニュースを確認する。

 博多どんたくが再開されたかを知りたかったからだ。

 しかし、俺の思惑とは相反して、別の通知が激しく点滅していた。

「あ……やべ」

 忘れていた、アンナの救助と看病で存在を忘れていたというか、脳内から消し去っていた。


 通知画面にはメールと電話の履歴が200件以上。

 全部、三ツ橋高校のリアルJKこと赤坂 ひなた、その人である。


 メールを最後のほうを確認すると……。

『‟おめとど”のコミックス全巻読み終わりましたけど?』

『ここのたこ焼きおいしいですね』

『朝になったので、いま帰ります……』

 最後のメッセージ、病んでる……。

 ど、どうしよう!?


 俺が駅のホームでスマホと格闘していると、アンナが声をかける。

「どうしたの? タッくん……」

 ヤバい。ひなたのことを知られると、また修羅場だ。

 ここは話題を変えよう。

 考えろ、俺氏……。


「そ、そうだ! 今日はところで、どこに行くんだ?」

 俺がそう言うと、アンナはムッと頬を膨らます。

「もう! 天神に行くって約束してたでしょ?」

「あ、そうそう! 天神、天神!」

 とバカみたいに、知育玩具のCMのような発言を連呼してしまった。


「そうだよ、アンナは初めてだから、しっかりエスコートしてね☆」

 どうやら話をそらすことに成功した。

 俺はこっそりとスマホでメールを素早く打つ。


『ひなた、本当にすまない。この埋め合わせは必ず』

 とだけ返信した。

 するとすぐに「ブーッ」と振動した。

『了解』

 ひとこと……その一言が怖い。

 絶対怒っているよね…。


 俺が冷や汗を流していると、アンナが腰を曲げ、俺の顔をのぞく。

 元々、メンズのTシャツだったこともあって、胸元ザックリと開いている作りだ。

 彼女のブラジャーがチラっと見える。


「もーう! 誰か他の女の子とメールしてるぅ」

「アハハ、前に話したことあるかな? 出版社のロリババアだよ」

 すまん白金。

「なぁんだ、出版社の人か」

 安心するアンナ。


 だが、彼女も何気なくスマホを見ると、顔色が一変し真っ青になる。

 スマホを持つ指が、めっさ震えてる。

「どうした、アンナ?」

「あ……あ、いや、あのアンナ、夜に帰らなかったから、ヴィッキーちゃんから連絡が入ってて……」

 ファッ!? そうだった、アンナの不在はミハイルの不在だった!


「なぜミハイルんとこのヴィッキーちゃんがアンナに電話を?」

 設定、設定!

「あ、それはね、ミーシャちゃんがアンナと仲良し……だからかな?」

 なぜ疑問形?

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