第126話 さらば、息子よ!

 俺はアンナお手製の料理を、終始お口に「あーん」してもらっていた。

 まあ対面の熟年夫婦も同じことしてたんだけど。

 例外なのは妹のかなでだけ。

 ひとりイライラしながら黙々と食べていた。


 あれほどテーブルに乗り切れなかった豪勢な食事を5人でペロッと食べてしまった。


「アンナちゃん、ごちそうさま!」

 親父が豪快に手をパチンと叩いて礼を言う。

「うう……おいしかったですよ…アンナちゃんや」

 腰が曲がった母上も。

「ホントですわ♪ 毎日アンナちゃんに作ってもらいたいぐらいですわ! おにーさまのお嫁さんになっていただけたら一番です♪」

 かなでがそう褒めちぎると、アンナは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。


「あ、あのお粗末様でした……」

 と呟いたあと、隣りの俺にしか聞こえないぐらいの小さな声で囁いた。

「お嫁さん、か……」

 間に受けているぅ~!



 食事を終え、アンナはボロボロの母さんを見て、「食器の片付けしておきます」と言い、俺たちが食い散らかした皿を全てキッチンのシンクに入れる。

 そして洗剤をスポンジにつけて泡立てると、器用に洗い出す。

「随分、慣れているんだな……」

 俺はテーブルで食後のコーヒーを楽しみながら、アンナの後ろ姿を見つめる。


 彼女は洗いながら上半身だけ振り返る。

「うん☆ パパとママがいなかったから、どうしてもアンナがやらないといけなかったし、それにこういうの大好きだから☆」

 と満面の笑顔で答える。

 ヤバい、有能すぎるこの子。

 早く嫁に欲しい。


「そうか……アンナは頑張り屋だな」

 俺が感心していると、母さんが「私は横になりますよぉ……」と曲がった腰に手を当てて、自室へと戻る。

 かなでも「アンナの服を洗濯してくる」と去っていった。

 リビングに残ったのは俺とアンナ……それにニコニコ笑っている親父。

 邪魔だな、こいつ。



「なあタク」

「ん?」

 俺に用があるときは決まっている。

 一つしかない。


「お父さん、今からまた旅に出ないといけないんだ……たくさんの人々を助けるからな」

 と言いながらどこか遠い目をして、格好つける。

「はぁ……金か?」

 俺がため息交じりに答えると、親父は目の色を変えて喜んだ。


「そうなんだよ! 金がないとさ、どうしてもヒーローはやってられないからなぁ」

 やめちまえ。そしてさっさとハローワークに登録してこい!

「はぁ……いくらだ?」

 情けない、実の子に金を無心するとは。

「10万ぐらいあったら……」

 神頼みするように手を合わせて、目をつぶる。

 俺は汚物を見るかのように、六弦というクズを見下す。


「高い!」

 無職にくれてやる金額ではない。

「じゃあ、8万で……」

 どんどん親父としての威厳がなくなっていく。

 これではどちらが子供かわからない。


「はぁ……こっちも親父が無職だから、家庭は火の車なんだよ」

 主な収入源は母さんの美容院と俺の新聞配達から成り立っている。

 それでもカツカツ。

 たまに少ないライトノベルの印税が入るぐらいだ。


「いつも苦労かけてすまんな、タク! だがさすが俺の息子だ、父さんがいなくてもしっかり母さんを守ってくれるし、可愛い妹のかなでをおかずにするし……」

 してねぇ!


 それまで黙って皿を洗っていたアンナが、話を聞いてガシャン! と何かを落としてしまう。

「ご、ごめんなさい……」

「大事ないか? ケガは?」

「だ、大丈夫……」

 平常心を装っているようだが、苦笑い。

 おかずの意味をしってしまったのかね?


 親父はそれには構わず、話を続ける。

「頼む! 7万ぐらいくれ! この通りだ!」

 そう叫ぶとなにを思ったのか、親父はテーブルから飛び降りるようにして、フライング土下座をかます。

 額を床にゴリゴリとなすりつけて。


 アンナもその姿を見てドン引きしていた。

 何が起こっているのかわからず、動揺している様子だ。


 アンナがいなければ、1万しかやらんが彼女のためだ。

 許してやるか。

 いつもならこんなに寛大ではないぞ、親父。

 彼女に感謝するんだな。


「わかったわかった……もう頭を上げてくれ、六弦」

 既に名前を呼び捨て。

「おお! さすが俺の息子だ!」

 泣いて喜ぶ親父。

 本当に俺とあなたは血が繋がってます?

 繋がってないからこんなにも非情なことができるんじゃないですか?


    ※


 自室の机から福沢諭吉を7人連れてくると、親父に差し出す。

 それを奪い取るかのごとく、バシッと手にするクズ。

「おお! これでしばらくはヒーロー業を続けられるよ!」

 7枚揃った万札をうちわのように広げて、目を輝かす。


「無駄遣いするなよ……」

 いや、俺ってお母さんかよ。

「ああしないよ!」

 親父はそう言うと、大金をぐしゃぐしゃと丸めて、雑にズボンのポケットに突っ込む。

 そして、自身の書斎に戻り、クタクタになった肩掛けバッグを背負ってきた。


「じゃ、お父さんはそろそろ出発するわ!」

 ファッ!?

「もう行くのか? 母さんに挨拶したらどうだ?」

「え、お父様、もうお仕事に行かれるんですか」

 アンナはタオルで手を拭きながら、親父のもとへ駆け寄る。


「ああ、俺の仕事は休みがなくてな……」

 いや年がら年中、お前は休みだろ。

「そうなんですかぁ…せっかく素敵なお父様に会えたのに」

 心なしかアンナは寂しそうな顔をした。

 こんなやつにそんな顔をするなよ、もったいない。

 俺に使って?


「アンナちゃん……タクのことをよろしくな!」

 そう言って彼女の華奢な肩に手を触れる。

 どさくさに紛れて触るんじゃねぇ!

「は、はい☆」

 天使の笑顔でお見送り。


「タクはオタクで変態だけど、いい奴だからさ」

 ねぇ、けなしてる?

「あ、わかっているんで大丈夫です、お父様☆」

 アンナちゃんまで!


「改めて見るとデラぁべっぴんさんだなぁ……タクにはもったいないぐらいだ!」

 変な褒め方しないでください。

「や、やだぁ。お父様ったら……」

 頭を左右にブンブンと振り回すべっぴんちゃん。

「じゃ、タクの子供を期待しているぜ?」

「へ……?」

 絶句するアンナ。

 なんて酷いセクハラ親父だ。


「タク! ちょっくら、いってくらぁ!」

「おお……」

 もう帰ってくんな、このごくつぶしが。


「こ、こ、こ……」

 アンナは先ほどの親父の言葉でバグっているようだ。


 親父は文字通り、台風のように帰ってきて半日もしないうちに旅に出た。

 母さんやかなでにも挨拶もせずに。

 あんな大人だけにはなりたくない。


「タッくん……赤ちゃんもラブコメに必要……かな?」

「え……」

 そもそもあなたとは作れないじゃないですか。いまのところ。

 ラブコメには関係ないと思われます。



 アンナが食器を洗い終わり、乾燥機のスイッチを押す。

 台拭きでテーブルまできれいにしてくれる。

 なんて万能な嫁候補なんだ……。


 そうこうしていると洗濯機を回し終えた妹のかなでが戻ってきた。

「あれ、おっ父様は?」

 俺は呆れなら答えた。

「さっき出ていったよ。また救いの旅だとよ……」

 救うなら家族からにしろよって話。


 かなでは特に驚くこともなく、「あ、そうでしたか」と受け流すように答える。

「それより、アンナちゃん。この後どうしますの?」

 鼻歌でテーブルを拭いていたアンナが手の動きを止める。

「え? このあと?」

「そうですわ。アンナちゃんの着ていた服は、びしょ濡れだったので今外に干しています。乾くまでには一日かかりますよ?」

 かなでがそう教えるとアンナは「ハッ」と驚いて口に手をやる。


「あ、そっか。かなでちゃんのパジャマじゃ、お家に帰れない……」

 そういう事か、盲点だった。

「お二人とも、今日のご予定は?」

「ん? 俺は別に」

「アンナはタッくんと……昨日のデートのやり直しをしたいかな」

 あなた、つい数時間前まで高熱だったの忘れてます?

 タフですね。


「しかし、服がないのだろう?」

「う、うん……」

 正直、今彼女が着ているかなでの服もかなり余裕がある。

 女のかなでより、細い体つきということだ。


「いい案がありますわ!」

 人差し指を立てて、胸を張るかなで。

 より巨乳が目立ち気持ち悪いです。


「なんだ?」


「これですわ!」

 かなでが後ろから取り出したのは、使えなくなった俺の愛用グッズ、タケノブルーのキマネチTシャツだった。

「小さくなったからアンナちゃんにピッタリ♪」

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