第123話 なんだかんだ言ってもみんなコネ入社

 警察官が我が家に、恐らく初めて足を踏み入れた。

 応対する親父がどうしても心配…というかおっかないので、俺は階段を降りて一階の様子を見てみることにした。

 制服を着た警察官が二人。

 屈強な身体をしている男たちだ。

 

 一人の警察官が威圧的に物を言う。

「あなた、パトカーを盗むとか立派な犯罪ですよ!」

 と怒鳴り散らす。

 

 するともう片方の警察官は手錠を既に用意していた。


 マジか……親父ってばブタ箱行きか。

 ま、それはそれでいいかも。

 無職のごくつぶしだからね。


 だが肝心の親父は彼らの罵声にうろたえることなく、逆に怒鳴り返す。


「うるせぇな! お前らこそ仕事しろよ、バカヤロー!」

 ヤクザかな?

 警察官の方こそ、親父に圧倒されつつある。


「ちょ、ちょっと私たち警察ですよ?」

「あぁ!? 見りゃわかるよ。威張るだけがポリ公の仕事か!?」

「そういうわけでは……」

「逮捕するなら早くしちまえ。ただお前らあとで後悔することになるぞ」

 親父はなぜかほくそ笑む。

 なにか裏がありそうだ。


「後悔するのはあなたでしょ!? 窃盗罪で逮捕します!」

 警察官は啖呵を切ると親父に手錠をかけた。


 それを見て、俺は慌てて階段を駆け下りる。

「お、親父!」

 うろたえる俺を見て親父はニカッと歯を見せて笑う。


「心配するな、タク。秒で帰ってくるぜ」

 なぜか自信満々でお縄にかかる毒親だった。

「俺のせいで……」

「バカヤロー、てめぇの女を守ることに理由なんていらねぇんだよ」

 格好つけてるけど、あなた今逮捕されているからね?


 

 親父は警察官たちにパトカーへ連れ込まれ、サイレンと共に行ってしまった。

 数年ぶりに帰ってきたかと思えば、嵐のように去っていったな……。


「ま、犯罪はよくないからな……」

 と呟いて俺は二階に戻る。


 リビングでは母さんとかなでが何事もなかったかのように食事を楽しんでいた。

 時折、笑顔も見える。

 夫が捕まったというのになぜか笑っている琴音ちゃん。

 さっきまでイチャイチャしてたのに。


「六さんったら相変わらずヤンチャなんだから」

「おっ父様ですもの」

 そう言って互いを見つめっては思い出し笑いする二人。

 いや、少しは心配してやれよ。


「母さん、親父が逮捕されたぞ?」

 一応、情報提供しておく。

「あら、やっぱり捕まったの? ま、すぐに戻ってくるでしょ。今に始まったことじゃないし」

 ええ!? 前科あるの?


「パトカーを盗んだんだ。すぐに出所できないだろ……」

 俺がそう呟くと母さんは笑って答えた。

「大丈夫よ、六さんのお父様がいるからね」

「親父の? つまり俺のじいちゃんか?」

 そう言えば、俺は親父側の祖父と祖母に会ったことがない。

 母方の祖母ならたまに会うのだが。


「ええ、六さんのお父様は警視総監だからね。すぐにお父様の計らいで揉み消してくれるわよ」

 ファッ!?


「おい初耳だぞ、俺のじいちゃんとか……」

 母さんは味噌汁をずずっと飲みながら答える。

「だって私と六さんは駆け落ちしたからね」

「な、なるほど…。だから俺とじいちゃんは会ったことがないのか」

「そうね、でもおじい様はこっそり部下を使ってあなたを常時監視しているらしいわよ」

「……なにそれ」

 こわっ!

 聞かなかったことにしよう。



 俺はあほらしいとため息をついて、食事をとった。


 それからしばらくして、親父は宣言通り無事に帰宅した。

 帰ってきたと同時に最愛の妻である琴音ちゃんとあつ~い接吻。

 しかもディープなやつ。

 エグい。

 

「おい、あんたらちょっとは人目を気にしろよ。年頃の子供たちがいるんだぞ?」

 俺がそう言っても六弦と琴音は瞼を閉じて……レロレロレロレロ。

 いい加減にしてくれ。


「おにーさま、ちょっといいかしら?」

 真剣な眼差しでかなでが俺の袖を引っ張る。

「ん? どうした?」

「アンナちゃんのことで…」

「ああ…」

 すぐに察した。


 親父と母さんが書斎に入るのを確認してから、かなでとヒソヒソ声で話し始める。



「アンナちゃん……彼女、いえ彼ですよね?」

 かなでの言葉がグサッと胸に刺さる。 

「そ、そうだ……女のお前に看病させて悪かったな」

 俺が頭を垂れるとかなでは「気にしてませんよ」と笑ってくれた。

「ミーシャちゃんですよね」

「なぜわかった?」

 かなでは咳払いをしたあと、話を続ける。


「とにかくアンナちゃんのことは、かなでとおにーさまの秘密にしておきましょう」

 そう言って小指を差し出す。

「なぜだ?」

「はぁ……おにーさま。アンナちゃん…いやミーシャちゃんがどんな想いで女の子の格好をしていると思っているんですか?」

 かなでに言われて、思い出した。


 数週間前、告白して俺がふったあと……。

 泣きながらいったミハイルの言葉を。


『オレが女だったら……付き合ってたか?』


『じゃあ生まれ変わったら、付き合ってくれよな』


 そうだ、ミハイルはあくまで女として生まれ変わったら、俺と付き合うと約束したんだ。

 つまり俺に正体がバレていることを知ったら……。

 俺の元から……この世界から消えてしまうかもしれない。


 改めて俺は自分自身を呪った。

 ミハイルがアンナであることはきっと墓場まで持っていかないとダメな気がする。



「わかった……かなで、悪いが付き合ってくれ」

 そう言って俺も小指を出す。

「ふふ、二人だけの秘密ですわ」

 優しく微笑むとかなでは小指を絡めて約束してくれた。


 ただ一つ気になることがある。

 アンナが男だというのは裸にすれば、そりゃ誰だってわかるだろう。

 しかしミハイルだと断定できたのはなぜだ?

 初対面の親父なら仕方ないが、母さんも気がつかなかった。


「なあ、かなで。何故アンナがミハイルだとわかった?」

 俺がそう言うとかなでは尋常ないぐらいの汗を大量に吹き出した。

「そ、それはアレですわ……女の勘ってやつですわ」

 なんか怪しいな。

「ふむ……まあそういうことにしておこう」

「それより、アンナちゃんの顔を見にいってあげたらどうですか?」

 無理やり話題を変えられた気がする。

 だが確かにアンナを心配だったのは事実だ。


「わかった。ちょっと見てくる…」

「かなではおっ母様の部屋で寝ますから、お二人で仲良くされてくださいな」

「え……」

「アンナちゃんとは一回一緒に寝ているから問題ないでしょ?」

「それミハイルだろ……」

 頭がこんがらがってきた。



 俺はかなでをリビングに残して、自室の扉を静かに開く。

 二段ベッドの下でアンナは可愛らしいピンクのパジャマを着て寝息を立てていた。

 おでこに手をやるとだいぶ熱が引いているのが確認できた。

「寝顔もかわいいな」

 俺がそう呟くと、瞼がパチッと開いた。

 思わずのけぞってしまう。


「タッくん……?」

 アンナが目を覚ました。

 しまった、聞かれたか?


「アンナ、大丈夫か?」

「うん……ここはどこ?」

 まだ声に元気がない。

「俺の家だ。いきなり連れてきてしまってすまない……」

 一応、初めてきたことになっている設定だからね。

 貫き通さないと……。


「そっかぁ、夢にまで見たタッくんのお部屋かぁ」

 よくそこまでウソつけますね。

「まあこのベッドは妹のなんだけども…」

「妹さんの?」

「そうだ、着替えも看病も俺の妹。かなでがしたから安心してくれ」

 女の子の設定だから紳士的にふるまう。

 俺がそう言うとアンナは目を見開いて驚いていた。



「そっかぁ……妹さんがしてくれたんだね。お礼を言わなきゃ……」

 アンナは身体を起そうとしたが、まだフラついている。

 それを見た俺はすぐさま彼女を枕に戻す。

「まだ寝ていろ。嵐の中ずっと雨風に打たれていたんだ」

 俺はそう言うと改めて自分のやったことを後悔する。

 うなだれた俺にアンナがそっと手を握る。


「でもタッくんは来てくれた。それだけで待ったかいはあったよね☆」

 はにかむ彼女の笑顔を見ると俺は涙を流していた。

「す、すまない……アンナ。こんな思いはもうさせないから」

 俺は人前で泣いたことなんてあまりないが、安心したせいか大声で泣きじゃくった。

 するとアンナが優しく俺の頭を撫でる。


「タッくんの初めてまたもらっちゃった☆」

「え?」

「泣き顔☆」

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