第122話 間を置くと燃え上がる

 アンナが俺の自室に入って数時間が経とうとしていた。

 リビングの時計の針を見れば、既に夜の11時。

 空腹すら忘れていた。

 なぜならアンナの身が心配だし、何より妹のかなでが彼女の正体に気がつくことが一番の懸念だ。


 俺はひたすらリビングと廊下をウロウロしていた。

 座っている気分ではないからだ。

 まだか、まだか……とまるで出産を待つ夫のようだ。


 それを見兼ねてか、風呂上りの親父が上半身裸でこう言った。

「タク……みっともないぞ。男だろ」

「男は関係ないだろ…」

 突っ込む余裕すらなくなっていた。

 

 俺のせいでアンナが高熱を出すまで博多駅でひとり……暴風雨の中、待ち続けたんだ。

 責任は重々感じている。


「いいか、タク。こういう時は酒でも飲むに限るぞ? なあ、琴音ちゃん」

「そうよね、六さん♪」

 と言って互いに微笑んで見つめあうアラフォー夫婦。

 いい歳なんで、イチャつくのやめてください。


 母さんはいつもよりか化粧が濃い。痛いBLエプロンではなく、花柄の可愛らしいエプロンを着用していた。

 そして、なぜかデニムのミニスカート。

 女感がパない。


「タク、なにも食ってないんだろ? 琴音ちゃんのメシを食って待とう」

 親父はそう言うとテーブルにどっしり座り込む。

 笑顔の琴音ちゃんがビール瓶をおぼんにのせて、六さんのところまで持ってくる。

 おぼんの上には枝豆もある。

 無職の旦那にVIP待遇でかっぺムカつく。


「タクくん、六さんの言う通り、一緒にご飯でも食べましょ♪」

 なんかアンナのこと置き去りにしてません?

 お宅ら夫婦水入らずで食べれば?


 俺が舌打ちしてイラついていると、親父がブチギレる。


「タク! なんだその態度は!? 琴音ちゃんのメシが食えないってか! 反抗期か?」

 なわけないだろ、バカが!

「違うよ……彼女が…アンナが心配で」

 俺がそうもらすと親父は「ガハハハ」と口を大きく開けて笑った。

「あの童貞のタクもついに彼女デビューか!? こりゃ赤飯ものだな、琴音ちゃん?」

「そうね、六さん♪」

 気がつけば、母さんはなぜか親父の膝の上に尻を乗っけていた。

 そして、そのままビールをグラスに注ぐ。

 どこのキャバ嬢ですか?


「ハァ……この夫婦は」

 俺が呆れていると自室のドアが開く音がした。


 ハッとして、廊下に駆け寄る。

 かなでは疲れた顔をしていたが、笑っていた。

 思わず詰め寄る。

 妹の両肩を強く掴んで、揺さぶる。


「かなで! どうなんだ? アンナの様子は!?」

「お、落ち着いてくださいませ。おにーさま」

 驚くかなでを見て我に返る。

「す、すまない……」

「彼女でしたら、もう大丈夫です♪ 解熱剤をお尻からぶっすり指しておいたので」

「え……」

 絶句する俺氏。

 お尻から入れたの?

 てことは、パンティ脱がせたんだよね……見ちゃった?


「それから濡れていた服は脱がせて暖かいタオルで拭いてあげました。着替えはかなでのものを代用させてもらいましたわ♪」

「ま、マジか?」

「ええ、とってもキレイな方ですわね」

 笑顔が怖い。

 いつもなら「キーーーッ!」とブチギレる反応を示すのに(特に女関係は)

 今日はいつになく嬉しそうだ。


「そ、そのかなで……彼女のことなんだが…」

 妹のかなでにならバレても仕方ないと腹をくくった。

 続けて正体を告白しようとしたその時だった。

 かなでが人差し指を立てて、俺の口元に当てる。

「しーっ、おにーさま。おっ父様やおっ母様がいますわ……」

 小声で呟く。

 その目は真剣そのもので、全てを知っている上で語っていた。

「かなで…おまえ」

「とにかくかなでも疲れましたわ♪ 彼女が目を覚まされるまでご飯をいただきましょ」

 そう言って笑顔で俺の手を引っ張る。

 なんとも頼もしい妹だ。


 

 俺は強引にリビングへと戻され、数年ぶりに家族4人そろって食卓を囲むことになった。

 いつになく、食事が豪勢に見える。

 普段見慣れない巨大なエビ、イカの活け造り、鯛の塩焼き、下駄サイズのステーキ、キャビア……などなど、テーブルに乗り切れないぐらいの高級食材。


「母さん、まさかと思うがこの食材は親父が帰ってきたからか?」

 ちょっと睨んで言ってやった。

「もう~タクくんたらいつもこんな感じでしょ~ 六さんに嫉妬しないでぇ」

 するかぁ!

 そう言う母さんはずっと親父の膝の上だ。

 親父は当然のようにそれを受け入れ、なんなら母さんの腰に左手を回している。

 反対の右手で器用にビールをジョッキグラスで一気飲み。


「プッハー! 琴音ちゃんの作ったビールはいつもうまいなぁ!」

「やだぁ、六さんったらぁ」

 と言って年がないもなく頬を赤らめ、頭を左右にブンブン振り回す。

 ていうかさ、ビールは工場で作ったやつに決まってんじゃん。


「いつ見ても羨ましいですわ、おっ母様」

 俺の隣りに座るかなでに目をやると、反対側に座るラブラブ夫婦をじっと見つめていた。

 頬がピクピクと痙攣し、心なしか眉間に皺が寄っている。

「かなで、嫉妬しているのか?」

 俺がそう言うとかなではギギギッと軋んだような音を立てて首を回す。

「なんのことですの? おにーさま」

 引きつった笑顔で答える。

「いや、なんでもない……」


 かなでは家族であり、俺の妹なのだが、大前提として血がつながっていない。

 震災孤児のかなでは幼いころ、目の前でイチャこいている親父に助けられ、しばらくの間、避難所で一緒に暮らしていたと聞いたことがある。

 自称ヒーローで無職の六弦だが、かなでにとっては世界で一番尊敬している人間であり、また淡い恋心を寄せている男でもあるのだ。


 俺は父親似だ。

 きっとかなでにとって俺は六弦の代替えのようなものだろう。

 親父が帰ってきてはこの夫婦のやりとりを見て憤慨している。

 それを表すかのように今も握った箸を片手でへし折る。

 いつもバカな妹だが、六弦がいるときだけは怖い。


「そう言えば、タク。あの子の名前はなんていうんだ?」

「ああ、あの子はアンナだ」

「金髪だったが外国人か?」

「違うよ、ハーフだ」

「ほう、そりゃカワイイわけだ」

 親父が枝豆をつまみながら微笑む。


「ちょっと六さん? 私が世界で一番カワイイんじゃなかったけ?」

 眼鏡が怪しく光る琴音ちゃん。

 六弦のほっぺをギューっとひねる。

「いてて、違うよ、琴音ちゃん。‟カワイイ”の意味が違うよ。ペットとかお花的な意味だよ」

「なぁんだ、六さんは優しい人だものね」

 言いながら自身がつねって赤くなった頬にキスする。

 うぉえ! しんどっ!


 俺が吐き気をもよおしていると、隣りに座っていたかなでがグラスを床に落とす。

 ガシャンと割れる音がした。

「あらやだぁ、かなでったら粗相ですわぁ」

 謝ってはいるがキレている。

「おっちょこちょいだなぁ、かなでは」

 親父がそう言うと、かなではやっと嬉しそうに笑った。

「ごめんなさい、おっ父様」

「気にするな、かなでは相変わらず無駄に乳がデカいな」

 と言って高笑いする。

 義理の娘とは言え、堂々とセクハラ発言すな。


「おっ父様たら……」

 え? めっさ嬉しそうやん、妹ちゃん。


 

 そして束の間の団らんを家族で楽しんだ。

 と、言っても俺はアンナのことで頭がいっぱいだったんだが……。

 今は彼女が目を覚ますまで、問題はあとにしておこう。

 色々とアンナにも聞くことがあるし、かなでが真実を知ってしまったことも。


 ピンポーン!


 チャイムが鳴った。

「あら誰かしら?」

 母さんがインターホンに出ると、うろたえた。

「琴音ちゃん誰?」

 後ろから親父が問うと母さんは「警察の人」と答えた。


 忘れてた、博多駅で親父が盗んだパトカーを自宅の前に放置していたことを……。


「親父、どうすんだ?」

「なんだ、ポリ公か……ちょっくら片づけてくるわ」

 そう言って六弦は肩をブンブン振り回して一階へ降りていった。

 まさかとは思うが、警察官をブッ倒す気じゃないよね?

 マジで捕まるよ? 六さん……。

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