第119話 嫌な予感ほど当たるもの

「ぷはー、美味しいですねぇ♪ クリームソーダ」

 と言って、湯上りの赤坂 ひなたはドロドロに溶けたソフトクリーム入りのメロンソーダをがぶ飲みする。

 着替えがあったようで、ネカフェのパジャマを着てきた。

 半袖にショーパン。


「センパイも入ってきたらどうですか?」と促され、確かに濡れたまま部屋にいるのも気持ちが悪い。

 ひなたに続いて俺もシャワールームへと向かった。

 個室を出て、大量のマンガ棚を左右にして通路を奥へと進む。

 突き当たってトイレがある。その隣りにシャワールームがあった。


 男性用と女性用のパジャマがあり、俺はもちろん男! なので、野郎用を取る。

 脱衣所には乾燥機があったので、服を全部脱いでぶち込んでおいた。

 そこで気がつく。

「ん、これがあるならパジャマいらなくないか?」

 まあいいか、と俺は全裸で浴室へと入る。

 薄い壁で仕切られたブースが横並びに3つほどあった。

 中には誰もいない。

 貸し切り状態だな。


 蛇口を回し、温かいお湯を肌で感じる。

 冷たくなった身体が暖まっていく。

 近くに備え付けのシャンプーとボディシャンプーがあったので、ついでに洗い出す。

 頭をゴシゴシ洗っていると、一つのことがどうしても気になる。

 アンナのことだ。


 俺が電話やL●NEしたときは必ず秒で反応がするのがアンナであり、ミハイルでもある。

 そんな彼女と話すことができなかったのが、すごく心配だった。

 台風のせいで電波でも悪かったのだろうか?

 にしても、アンナのことなら必ず着信履歴から何らかの手段で連絡を取ってくるはずだ。

 

 ひなたがシャワーを浴びている間、30分以上も部屋で彼女からの反応を待っていたが、スマホは微動だにしなかった。

 その静けさが恐い。

 彼女の身になにかあったのでは? と……。


 そんなことを考えていると、俺は既に全身洗い終え、ピカピカの身体になっていた。

 脱衣所に戻り、濡れた身体をタオルで拭いている間もアンナのことで頭がいっぱいだった。

 パジャマはボタン式だったが、考え事をしていたせいか、何度もボタンをかけちがえてしまう。

 鏡があったので、自分の顔をよく見てみるとなんてしまりのない顔なんだ……と自ら落胆してしまう。


「アンナ……」


 そう一言だけ、名前を呟くと俺は乾燥機でホカホカに暖まった自分の服をカゴに入れて、シャワールームを出た。


 

「あ、早かったですね♪」

 個室に戻るとひなたは足を崩して、女の子座りで少女マンガを読んでいた。

 めっちゃくつろいでるやん。

「まあな。ところで、パジャマ使う必要性あったか?」

 俺がそうたずねるとひなたは眉間にしわをよせた。

「ええ? そりゃ使うでしょ。だって乾燥機に入れたらかわいい服が縮みますもん……」

「そうなのか。俺は普通に乾燥させたけど」

 と言って、左手に持っていたカゴの中の服を見る。


「やっちゃったんですか? センパイの服、絶対もうダメになってますよ!」

 焦るひなた。

「マジでか?」

 俺はカゴを床に下ろすと自身のお気に入り、『タケノブルー』のキマネチTシャツを取り出す。

「うわ……」

 女の子が着れるってぐらいのチビTに縮んでしまっていた。

 ぴえん。


「あらら……もうそれ着れなくないですか?」

 苦笑いで俺のTシャツを指差す。

「伸びないのか、これ?」

「無理ですよ~ 明日になれば、バスターミナルで服屋さんも開きますから、新しいの買ったらどうです? そのTシャツ、あんまり可愛くないですもん」

 と言って口に手を当てて、クスクス笑いだす。

 かっぺムカつく。

 ふざけんな、この崇高なるタケちゃんのオフィシャルグッズに!

「おい、俺のファッションセンスをどう言おうが構わんが、タケちゃんのロゴをバカにするのは許さんぞ?」

 ちと凄んでおく。

 タケちゃんを軽蔑するやつらは、お弟子さんと共に襲撃せねばな。


「そ、そんな冗談ですよ……」

 あまり俺が女子に怒らないせいか、ひなたも少しうろたえる。

「わかってもらえればいいのだ」

 もう着れなくなっちゃって……ごめんよタケちゃん…。

 と半分涙目できれいにTシャツを畳む。


 その姿を見てか、ひなたは居心地悪そうにしていた。

「あの…私が先に言っておけばよかったですね」

「別にひなたのせいじゃないだろう。無知な俺が悪い」

 と言いつつも、「それ早く言ってよぉ」と心の中で嘆いた。


「でも、もうセンパイには着れそうにないですね。けっこう華奢な女の子が着れるかも?」

 ひなたがそう言うので、俺は改めて彼女の身体を下から上まで眺める。

 確かに彼女も細い体つきではあるが、少し筋肉質だし、丈も短くなったので無理かもしらんな。


 俺がひなたの顔をまじまじと見つめていると、ひなたの顔がボンッと真っ赤になる。

「な、なにさっきからじっと人の顔を見ているんですか!? やらしぃ!」

 と言って、本日2発目のビンタ。

 こいつ、宗像先生より暴力が多いような……。


 赤く腫れた頬をさすりながら、話題を変える。

「ところでマンガ読んでいたのか?」

「あ、これですか。超おもしろいんですよ!」

 そう言って、俺に手渡してきたのは普段見慣れない少女マンガ。


 タイトルは『おめぇに届きやがれ』


 渡されたので適当にパラパラとめくる。

 王道の恋愛マンガか……あんまりピンと来ないな。

 俺はマンガもどちらかというとアングラ系が好きだし、こういうのは家に一冊もないので。

 だって、少女と女性は家にいるけど、こんな健全としたマンガ興味ないもん。

 あいつら……。


「どうですか、おもしろいでしょ? こうなんていうか、胸がキュンキュンしてきません♪ あー思い出すだけで心がポカポカしてきちゃう……」

 肺炎じゃないですか?

「ふーん」

「なんですか、その反応……つまんなぁい!」

 頬をふくらませて、不機嫌そうに俺を睨む。


「いや、こういうの……苦手ってわけじゃないんだがな。俺は映画専門なんだよ」

 そう言い訳して逃げようとする俺氏。

「じゃあこうしましょ♪ 実写化もされてますし、今から映画を観ましょう!」

「え……」

 いらんこと言わなきゃよかった。


 俺が「邦画はタケちゃんしか観ない……」と言ったが、ひなたは聞く耳を持たず、鼻歌交じりでパソコンをいじり出す。

 どうやら、このネカフェは動画の定額サービスと契約しているようだ。

 ひなたがキーボードでタイトルを打つと、すぐさま作品がヒットする。


「センパイ! これ全3部作で合計6時間ありますからちょうどいいですね♪」

 なにが?

 ふと時計の針を見ると既に『13:56』

 腹も減るわけだ。

 てか終わったら、夜じゃん。


「まあそれもいいが腹が減らないか?」

 空腹の時、人はみな自分勝手になる……とグルメ感出しておく。

 つまりはメシで逃げようって話だ。


「あ、それなら問題ないですよ♪」

 ニッコリと微笑むひなた。

「え…なんで?」

「センパイがシャワー浴びてるときにご飯頼んでおきましたから♪」

 勝手に頼みやがって!

 注文するときは俺を待てよ! メニューを眺めるのが楽しいのに!


 俺が少しキレ気味に「了解」と答えた瞬間、個室のドアがノックされた。

 ドアを開けると先ほどのカッパ店員が大きな皿を3つ持って現れた。


「フフフ、楽しんでいるかい? ご、ご飯しっかり食べて体力つけといてね……」

 なぜかきしょいウインク付き。

「ありがとうございます」

 そう言ってひなたはキモい妖怪から皿を受け取る。

「こ、これ僕が作ったんだぁ……」

 めっちゃニヤニヤしてるよ。変なもん入れてない?

「わぁ、お疲れ様です。食べるのが楽しみ♪」

 恐らく0円のスマイルをカッパに提供するとひなたは扉を無慈悲にバタン! と大きな音を立てて閉めた。

 言っていることとやっていることが違いすぎて怖い。


「さ、センパイ、"おめとど”みましょ♪」

 笑顔でプレッシャーをかけてくる。

「おう……」

 俺ってば監禁されてる?

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