第118話 個室が一番♪

 俺はひなたに連れられて、しぶしぶ博多駅隣りにあるバスターミナルに向かった。

 

 1階から2階まではバスの発着場なのだが、3階からは専門店街、全国チェーンの本屋や衣料店、飲食店、100均、ゲーセンなどの施設が8階までびっしり充実している。

 JR博多シティよりは敷地が狭いけど、ここだけでも一日時間を潰せそうなビルだ。


 といっても今日は例の台風によってほとんど休業中だが……。

 バスターミナルに入るとすぐにエレベーターへ向かった。

 最上階である8階へと向かう。

 8階は複数の飲食店と献血ルーム、それにお目当てのネカフェがある。


 チンと音を立てて目的地へついたことをお知らせ。

 自動ドアが左右に開き、迷うことなくネカフェに一直線。


「さ、つきましたよ! センパイ、ネカフェ来たことあります?」

「いや、ないな」

「はじめてなんですね!? 良かったぁ♪」

 手を叩いて喜ぶひなた。

 なにがそんなに嬉しいの? わしにはさっぱりわからん。


 

 店内に入ると根暗そうな眼鏡の若い男性店員がお出迎え。

 出っ歯で眼鏡、おまけに脂ぎった長髪を額の中央でセンター分け。

 雨の日だからカッパが出没したのかと思った。


「らっしゃい。この店は初めて?」

 超やるきねーし、なんか感じ悪いな。


 俺が店員の対応にイラッとしていると、ひなたは気にする素振りも見せず、笑顔で答える。

「はい、初めてなんです♪」

 びしょ濡れのJKのスマイルだ。

 これには陰気な店員も少しヘラヘラ笑っている。

 だってブラ透けてるし。


「へ、へぇ……じゃあ会員手続きしてね。あと時間と席を指定して」

「わかりました」

 先ほどのやる気ゼロ対応はどこにいったのか?

 顔を赤くしてデレデレしながら、大きなチラシをカウンターに取り出す。

「な、何時間いたいの?」

「うーん……どうしよっかなぁ」

 なんか俺抜きで盛り上がってるから帰ってもいいかな?


「き、キミ、台風で帰れなくなるかもよ? ここならシャワーもあるし着替えもあるから泊まってけば……」

 ハァハァと気持ち悪い吐息を漏らしながら、ひなたの胸元をガン見する店員。

 これ事件の危険性ありっすかね。

「ん~、そうしよっかな」

 勝手に決めるひなた。

 俺の同意は?


「ヘヘヘ、そうしなよ。この店は部屋にカギもついているし防音だからね。くししし…」

 ええ!? なんかヤバくない? この店。

 防音って……。

「じゃあそうします。明日の朝までお願いします♪」

 勝手に決められちゃったよ。


 すかさず俺がツッコミに回る。

「な、なあ、ひなた。さすがにお泊りはよろしくないだろ」

 俺がそう言うと店員は舌打ちして睨む。

「邪魔すんなよ、モブが…」

 小声でそう呟いた。

 誰がモブじゃ!


「別に問題ないでしょ?」

 目を丸くして答えるひなた。

「大ありだ。お前の親御さんにはなんて伝える気だ? 結婚前の若い女子がお泊りなんて怒られるだろう」

 俺がそう言うとひなたはケラケラ笑い出した。

「センパイって結構、昭和!」

 悪かったな、令和ぽくなくて!

「でも大丈夫ですよ。うちはパパとママが共働きでほとんど家にいないし、連絡さえしとけば大丈夫です。女の子なんてけっこう女友達の家に頻繁に泊まるし」

「なるほど……しかしだな」

「もうセンパイってば、説教くさい!」

 なんで俺が怒られるの?


 ひなたは話の途中だというのに俺に背を向けて、また例の店員と話し出す。

「えっと部屋は……」

「フフッ、女の子ならこのピンクの部屋はどうだい? 今なら入会特典でたこ焼きをプレゼント中だから、僕が部屋まで持っていてあげるよ…」

 この店員、前科あるよね。


「ん~カワイイけどシングルシートだからナシで」

「えっ!? まさか隣りのヤツがキミの彼氏なの?」

 またまた俺を睨む。

「か、彼氏!? 違います!」

 顔を真っ赤にして全力で否定するひなた。

「だ、だよね……じゃあただの知人だ、グフフ」

 あの俺を置き去りにするの、やめてもらっていいですか?


「知人でもなくて、お仕事の相手です!」

「え……」

 思わず絶句する店員。

 なんか別の意味のお仕事として捉えてない? ピンクジョブ。

「センパイは何も知らないから、経験豊富な私が相手になって色々教えてあげないとダメなんです」

 話がどんどん歪んでいく。

「経験豊富だって? キミ、いくつ? ハァハァ…」

 息遣いが荒くなるカッパ店員。

「私ですか? 16歳ですけど? ま、私もただのJKだから人並みにしか、知らないですけどね。友達とかもわりと多いほうだし、知識としてはちゃんとインプットしてるっていうか…」

「つ、つまり、キミは不特定多数の人と交流が好きなんだね。グフフ」

 話が嚙み合ってない。


「ま、そうかもですね♪ 放っておけないタイプって感じ?」

「そっか……優しいんだね。無知なあの男の子に色々教えてあげるなんて…僕も教えてほしいな」

 頭痛い。

 両者、平行線のまま話は進み、やっとのことで部屋の選別に入る。



「じゃ、このフラットシートで♪」

「わ、わかったよ。もしなにかわからないことがあったらなんでも言って。ぼ、僕もキミに教えてほしいことあるし……フフフ」

 こんなところに一泊したくない。


「りょーかいです♪」

「じゃ、じゃあ……明日の朝6時まで部屋を使えるからね」

 といってカウンターにカギと受付したレシートを差し出す。

 ひなたはそれらを受け取ると、俺の手を取り「いきましょ」と引っ張る。


 カウンターから離れる際にカッパ店員がこう囁いた。

「3人でもアリかもね?」

 意味深な言葉を吐き、不敵な笑みを浮かべていた。

 背筋に悪寒を覚え、ブルっと震えた。

 気持ち悪い店だなぁ。


 そんな俺の不安をよそに、ひなたは終始ご機嫌だ。

 鼻歌交じりに奥へと進んで途中、ドリンクバーを見つけ「部屋に持っていきましょ」と俺に促す。

 こんなときでも俺は安定のブラックコーヒー。

 しかし今日は雨で濡れていたのでホットで。

 ひなたはメロンソーダにソフトクリームを入れて、クリームソーダにしていた。


    ※


 俺たちの部屋はフラットシートと呼ばれ、他の個室とはちょっと違ってかなり大きな部屋だった。

 カギを開けるとその広さに驚きを隠せなかった。

 6畳はある部屋の中にはローデスクの上に大きなテレビが1台。パソコンが1台とゲーム機があった。

 それからマットの上にリクライニングシートが二つ。


「これはかなり時間を潰せるな」

 俺が感心しているとひなたは何かに気づいたようで、あたふたしていた。

「ちょ、ちょっと! センパイ、なんで言ってくれなかったんですか?」

 顔を真っ赤にして何やら怒っている。

「なにがだ?」

「私の服ってスケスケだったんですか!?」

「え、そうだけど」

 わかっていたのだと思っていたんだけどな。


「バカッ!」


 次の瞬間、俺の首は左に吹っ飛んだ……かと思うぐらい強い平手ビンタ。


「私、シャワー浴びてきます!」

 そう言うと部屋から出ていった。

「忙しいやつだ……」


 俺は改めて、リクライニングシートに腰を下ろすと、どっと疲れが出た。

 家から出てまだ2時間ぐらいだが、こんなに疲労する外出は初めてだ。

 ひなたが不在なのをいいことに、スマホの電源を入れなおす。


 どうしてもアンナのことが気にかかっていたからだ。


 起動するとやはり着信履歴は213件。

 全部アンナちゃん。

 L●NEも未読のメッセージが1002通。

 腱鞘炎にならないのかな?


 とりあえず、アンナに電話をかけてみる。

 が、彼女にしては珍しく10秒以上ベル音だけが鳴り響く。

 それがエンドレス。

 つまり出てくれないのだ。


「あれ、ひょっとして無視られているのか?」

 そう思ってL●NEでも返信を送ったが、既読にならない。

 一体どういうことだ?

 俺はとりあえず、ひなたにはバレないようにスマホを起動したままにしておく。

 サイレントモードだ。


「まさか……な」

 一つの不安が俺の脳裏をよぎる。

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