第104話 今夜うちに泊まる?

 俺とミハイル、花鶴 ここあの三人で各生徒のスマホを無断で使用し、本人を偽って、『学校に泊まる』と連絡した。


 その後、宗像先生が食堂に来ると、両手にたくさんのスーパーの袋を手にしていた。

「よう、おつかれさん! 差し入れ持ってきたぞ!」

 ビニール袋を食堂のテーブルに置く。

 中身をのぞくと大半が酒とつまみ。


「宗像先生、まだ飲む気ですか?」

「バカモン! 夜通し飲むのがいいんじゃないか」

 よくねーよ。

 生徒たちを急性アルコール中毒にしやがって。


「でも、宗像センセ。晩ご飯とかお布団とかどうするんすか?」

 ミハイルがお母さんに見えてきた。

「ああ、それなら問題ない」

 と言いつつ、ハイボールをガブ飲みする。

「晩ご飯は食堂の冷蔵庫から適当に使え。布団なら私があとで持ってくるからな」

 こいつは、学校をなんだと思っているんだ。

「じゃあ、オレがみんなのご飯作ってもいいっすか?」

 やけにノリ気ですね、ミハイルママ。

「お、古賀は料理ができるのか。ついでに先生にもなんかつまみを作ってくれるか?」

 こんの野郎、てめぇは反省しとけ。

「了解っす☆ 嫌いなものはないですか?」

 嫁にしたい。

「ああ、ないぞ。古賀の作った料理楽しみにしておくからな」

 ニカッと歯を見せて笑う残念アラサー女子。

 一応、ミハイルは男の子なんですよ?

 花嫁修業としてあなたが作るべきじゃないですか。

「楽しみに待ってくださいっす☆」

 そう言うと彼は鼻歌交じりに厨房へと入っていた。

 というか、無断で食材を使って料理するのって窃盗罪及び不法侵入に該当しませんか。


 隣りのギャルと言えば、スマホをずっといじっている。

「花鶴、お前は料理とかするのか?」

 俺がたずねると顔をしかめた。

「はぁ? あーしが料理とかするわけねーじゃん。料理って男が作るもんだべ」

 え、近代的な回答。

 私が間違っていました。


「なるほど……さっきお前のご両親は子供に無関心みたいなこと言ってたよな?」

「うん、そだね。あーしが深夜に遊んでも友達ん家に泊まっても全然心配されないっしょ」

 超ポジティブに家庭問題を語るギャルちゃん。

「それ問題じゃないのか? お前のお父さんお母さんは普段なにをしているんだ?」

「は? そんなんフツーは知らないっしょ」

 普通の解釈に僕と誤差が感じられます。

「マジか」

「うん、生まれてからずっとそんなんだったからさ。ミーシャの家とかでメシ食べさせてもらってたなぁ。というか、ミーシャがよく料理を持ってきてくれてたし……」

 最強お母さん、ミハイル。

 優しい世界だ。

「千鳥もそんな感じか?」

 床でいびきをかいているハゲを指差す。

「うーん、力はちょっと違うかな。あそこは父子家庭でおっちゃんは優しいハゲだよ?」

 劣性遺伝子を受け継いでしまったのか。可哀そうなハゲ。


 俺らが駄弁っているとミハイルが厨房から大きな鍋を持ってきた。

「晩ご飯作っておいたぞ☆ 今日は大勢だからバターチキンカレーな☆」

 この短時間でどうやって本場インドカレー作ったんだ?

「今から宗像センセのおつまみ作るぞ☆」

 笑顔でキッチンに戻る。その後ろ姿、早く嫁に欲しい。


「さっすが、ミーシャ。男の子だよね」

 失われる日本男子たちよ。

「ミハイルは特別だろ……」


 ~数時間後~


 ようやく酔いが覚めたようで、床に転がっていた生徒たちがチラホラと目を覚ます。

 みんな頭を抱えて、しかめっ面で起き上がる。

「いったーい、ここどこ?」

 未だにブルマ姿の赤坂 ひなた。

「おお、ひなた。目が覚めたか」

「センパイ!? 私、今までなにしてましたっけ?」

 さすがに酔っぱらって俺のナニに顔を突っ込んでいたとは言えない。


「ん? そのあれだ。みんな宗像先生が間違えてジュースに酒を混入させて振舞っちゃって……で倒れてた」

 言葉に出すと事件性が悪質であることを再確認できる。

「ええ、私倒れてたんですか……ってか、ここ三ツ橋の食堂ですよね? 誰がここまで私を運んでくれたんですか?」

 首をかしげるひなた。

「俺だよ」

 そう答えるとひなたは顔を真っ赤にして、モジモジしだす。

「セ、センパイが? 嫌だな、ヨダレとか出してませんでした? 恥ずかし」

 いや、あなたの場合、そんな可愛らしい寝相とかそういう次元じゃないんで。

 露出ぐせがパなかったです。

「その件なら問題ないさ」

「良かったぁ」

 胸をなでおろすひなた。

 事実を知ったら不登校になり兼ねないので、事実は隠ぺいしておく。


 そこへミハイルが現れる。

「ひなた、起きたか? ほら、水飲めよ☆」

 ミハイルはいい嫁になりますね。

「あ、ありがとう……ミハイルくんは大丈夫だったの?」

「うん☆ オレとタクトは大丈夫☆」

 花鶴はノーカンか、かわいそうに。

「腹減ったろ? 今、カレーあたためてってからな」

 ミハイルがどんどんみんなのお母さんになっちゃう。


 そして、次々と生徒が目を覚まし、起きる度にミハイルがコップに水を入れて持っていくその姿は正に聖母である。


 全員、目が覚めたところでテーブルに一列に並ぶ。

 ミハイルは一人ひとりにランチョンマットとスプーン、フォークを置き、最後に白い大きな皿を配る。

 スパイシーな香りが漂う。

「じゃあ、おかわりもたくさんあるし、あとタンドリーチキンも別に作ったから、みんなたくさん食ってくれよ☆」

 おいおい、タンドリーチキンがつまみかよ。

 ミハイルの高性能ぶりに多くの女子たちがガクブルしていた。


「ちょ、ちょっと古賀くんってあんなに女子力高かった?」

「女子より女子じゃん。プロレベルだし」

「くやしー! 私もこんなに料理上手かったら彼氏にフラれなかったかも!」

 ドンマイ!


 その後はみんな「うまいうまい!」と連呼しながら、ミハイルの料理を味わった。

 時には涙を流すヤンキーまでいた。

「うめぇ、死んだおふくろの味だぜ」

 嘘をつけ! お前は絶対日本人だろ!


 俺も料理を食べ始めるとミハイルが隣りに腰をかける。

「タクト、うまいか?」

「ああ、安定のプロレベルだな」

「そっかそっか、良かったぁ☆」

 自分は食べずに俺の食う姿をニコニコと笑って見つめる。

 食っている姿を見られるのもこっぱ小恥ずかしいもんだ。


「あれ、オタッキーってミーシャの料理食べたことあんの?」

 スプーンを口に加えたまま、喋る花鶴。

「え……」

 ヤベッ、アンナとミハイルがごっちゃになりつつあるな。

「いや、お昼に弁当もらったし、それでな」

「ふーん、ミーシャと仲良いんだねぇ」

 どこか不服そうだ。


「そう言えば、宗像センセはどうしたの? オレ、つまみ作ったのに」

「あんなバカ教師、放っておけ。つまみなんて作ってやる義理はない」

 至極当然な答えだ。


「誰がバカだって? 新宮」

 振り返るとそこには鬼の形相で見下ろす宗像先生が。

「あ、いや……宗像先生。ミハイルがつまみにタンドリーチキン作ったらしいっすよ」

「え、マジ!? やったー!」

 ほら、やっぱバカじゃん。


 しばしの夕餉を各々が楽しんだ後、時計の針は『22:21』に。

「さあ、そろそろ寝るぞ。みんな!」

 と宗像先生はタンドリーチキンを片手に叫ぶ。

 こいつはミハイルの味をしめやがって。

「寝るってどこに寝るんですか? 床は汚いし冷たいですよ」

 俺がそう言うと、宗像先生は「へへん」とどこか自信ありげに答えた。

「布団を持ってきたぞ!」


 そう言って、先生はどこから持ってきたのか、薄汚れた体育マットを何枚も食堂に持ってきた。

「どれでも使え!」

 それを見た生徒たちは一斉に静まり返る。


「先生、帰ってもいいですか?」

「バカモン! まだ酒くさいやつもいるだろが! 証拠隠滅に手を貸せ」

 こんの野郎が。


「タクト、オレこんな布団で寝るの初めてだよ☆」

 いや俺だって初体験だわ。

 クソが。

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