第99話 裸の指揮者
辺りは静まり帰っていた。
一ツ橋の生徒たちは授業を受けに来たのに、なぜか全日制コースの三ツ橋生徒たちがいた。
イスを半円形に並べて、各々が楽器を持ち、教師の指示を待つ。
「なあタクト、なにがはじまるの?」
ミハイルが不思議そうにたずねる。
「俺にもわからん」
すると、教師がなにを思ったのか、服を脱ぎだす。
「うげっ」
ワイシャツを脱ぎ、床に放り投げる。
体つきはいい方だが、かなりの剛毛。
中年なので仕方ないが、たるみきった腹なんぞ見たくない。
そこで終わるかと思いきや、教師はズボンのベルトにまで手をかけた。
「な、なにやってんすか!?」
顔を赤くして立ち上がるミハイル。
「ん? ああ、君たちは私の授業は初めてだね? 私は裸にならないと上手く指導ができないんだ」
教師はニカッと笑うと謎の言い訳でミハイルを諭す。
「し、しどう?」
ミハイルはバカだが、困惑するのも無理はない。
かく言う俺も脳内が大パニックだ。
「パンツは履いているから問題ないよ」
優しく微笑むと教師はズボンを豪快に脱ぎすてる。
そこにあったのは黄金。
ゴールデンブーメランパンツ。
しかも尻がTバック気味。
しんどっ!
「では、一ツ橋、三ツ橋合同授業を始めます!」
そんな格好つけてもどうしても尻が気になる。
一ツ橋の生徒たちは何人かクスクスと笑っている。
ミハイルは顔面真っ青で吐きそうな顔をしていた。
かわいそうに。
花鶴 ここあはおっさんの生ケツを見て、指差してゲラゲラ笑う。
「ヤベッ、ちょーウケる」
あかん、俺も笑いそうになってきた。
北神 ほのかと言えば、なぜかスマホで教師の後ろ姿をパシャパシャ撮っていた。
「ほのか、何してんだ?」
「え? 同人のネタに使いそうでしょ? リアルでキモいし」
「ああ……取材ね」
確かに変態女先生には逸材です。
ここで一つ気がついた。
音楽を専攻しているのは皆、女子ばかりであった。
男と言えば、俺とミハイルぐらい。
セクハラじゃないですか? この授業。
だが、俺たちと違い、三ツ橋の生徒たちは教師がパンツ一丁になっても至って真面目な顔でいる。
真剣そのものだ。
「じゃ、はじめるぞ! お前ら、覚悟はできているかぁ!?」
熱血教師だな、変態だけど。
「「「はい!」」」
すると凄まじい爆音が狭い教室に響き渡る。
オーケストラがやる場所ではない。
反響音が半端なくて、俺たちは耳を塞ぐ。
「うるせぇ……」
だが、三ツ橋の生徒たちは気にせず、練習を続ける。
指揮者の教師は汗をかきながら、タクトをぶんぶん振り回す。
その度に、中年の尻に食い込んだTバックが踊り出す。
この音楽の授業としては三ツ橋の吹奏楽部の練習を見せることで、俺たちに単位を与えたいようだ。
つまり、見るべき対象は演奏する生徒たちなのだろうが、それよりもとにかく教師のケツが気になってしかたない。
さっきから激しく左右に腰をふるもんだから……。
誘っているんですかね? ノンケなのでお断りです。
授業と称しているが、これはゲイのストリップショーのようだ。
「ストーーーップ!」
急に教師が演奏を止める。
そして、数人の生徒の名前を呼ぶ。
「おい、お前ら! ちゃんと練習したのか!?」
ものすごい気迫だ。
まあ後ろから見ている俺からしたら、コントのようだが。
「あ、一応してきました……」
ビビるJK。
なんだろう、吹奏楽部じゃなかったら事案もの、いや事件レベルの場面ですよね。
「一応だと、この野郎! お前、そんな根性で全国コンクール目指す気か!?」
至極真っ当な答えなのだが、裸の指揮者の方がコンクール向きではない。
異常者だ。
「す、すみません!」
「いいか? お前、3年生は今年が最後なんだぞ! そんな気持ちなら出てけ!」
すごく熱意は感じる。だが、その前にあんたの方こそ、3年生を想うなら服を着ろ。
「嫌です、私も先輩たちとコンクール目指します!」
涙目で訴える女子高生。
「よし、その意気だ! しっかり来週まで仕上げてこいよ、絶対だからな!」
「はい、先生!」
青春だなぁ……一人の教師を除いて。
そんなやり取りが延々と、2時間も続いた。
熱血教師は度々、三ツ橋の生徒たちに激を飛ばし、演奏を繰り返す。
何とも言えない緊張感がある反面、一ツ橋の俺たちは笑いを堪えるのに必死だった。
花鶴は腹を抱えてゲラゲラ笑い、足をバタバタさせて、スカートの裾が上がっていた。
ので、パンツが丸見え。
数人の三ツ橋男子が演奏しながら花鶴のパンティーに気を取られて、教師に注意される。
まあ中年の黄金パンツより、ギャルのパンツの方がいいよな、知らんけど。
終業のチャイムが鳴ると、音楽の先生は汗でびっしょりだった。
息も荒く、はあはあ言いながら「今日はここまで!」と閉めに入る。
振り返って俺たちを見ると、ニッコリ笑った。
「はい、一ツ橋のみんなもお疲れ様。出席カードはイスに置いといてね」
なんでか俺たちには優しいんだよな、変態だけど。
地獄のような授業を終え、各自廊下に出る。
「いやあ、カオスだったな」
「オレ、気持ち悪い……」
口に手を当てるミハイル。
男の裸に免疫ないもんな、アンナちゃん。
清純だし。
「大丈夫か? 選択科目は習字にしたらどうだ?」
「う、うん……考えてみるよ」
かなり参っている。かわいそうに。
「あーしは超おもしろかった! 音楽にしよっと」
何かを思い出しようでまだゲラゲラ笑う花鶴。
まあ俺もけっこうあのケツがおもしろかった。
「私も絶対、音楽にする! あんなきっしょいおっさんは中々いないもんね」
授業中にもかかわらず、北神 ほのかは連写しまくっていたらしい。
持っているスマホの画面をチラッと横から見ると、教師の裸体ばかり。
肖像権とか大丈夫ですかね。
「オタッキーとミーシャはどうするん?」
「ふむ、習字を専攻した千鳥や日田兄弟の感想を聞いてから決めるかな……」
「オレも……」
階段を降りていくと、ちょうど千鳥と日田兄弟と出会った。
3人共、なぜか肩を落とし、元気なく歩いていた。
それもそのはず、顔に何やら黒く墨が塗られていた。
千鳥は「バカ」「ハゲ」「田舎者」
日田の兄、真一は「力量不足」「どっちかわからん」「真面目系クズ」
弟の真二は「メガネ」「ゲーオタ」「ドルオタ」
ひどい……ただの悪口ばかりだ。
「お前ら、どうしたんだ? その顔」
すると千鳥が答えてくれた。
「やべーよ、習字のじじいのやつ。ちょっと間違えただけで、顔に落書きしやがるんだ」
「ですな、酷い授業でした」
「ドルオタは悪くないでござる!」
まあね。
音楽も習字もどちらも酷い科目のようだ。
だが、必須科目であり、どちらかを受けないと卒業できない。
「タクオは音楽どうだった? 俺たちも音楽にすりゃーよかったかな……」
スキンヘッドをぼりぼりとかく千鳥。
「いや、やめておいた方がいい。音楽は音楽で相当カオスだぞ? 中年の生ケツを2時間も拝むんだから」
「ええ……マジ?」
かなりショックだったようだ。
どちらかというと「まだ俺たちの習字のほうがマシだ」とでも言いたげだ。
「俺、習字にするわ」
「拙者も」
「某も」
マジかよ……どうしよっかな。
「はあ、めんどくさいし、俺は音楽にするかな」
毎回、顔を汚されるのも癪だ。
それに比べたら2時間何もせず、ケツを見ているのも一興だろう。
「ええ、タクト。もう決めちゃうの?」
顔面ブルースクリーンで震えるミハイル。
「ああ、ミハイルは習字にしたらどうだ」
「ううん……タクトと一緒じゃなきゃ……」
言いながら目が死んでますよ。
結局、みんな最初に試した科目を選んでいる生徒が多かった。
本当に卒業に必須な授業なんすかね?
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